第29話 メイドさんとソファで寝落ち
晩ご飯を食べ終わってソファでぺしょぺしょに溶けていると、洗い物を終えた彼女が隣に座る。
「ご主人様、もう寝られますか?」
「せっかくの土曜日だからもうちょっと楽しみたいんだけどなぁ〜」
欠伸を噛み殺しながら姿勢を正す。目が覚めたと思ったのも束の間、すぐにまぶたが重くなってくる。
「わかります、明日もお休みですもんね」
彼女自身の甘い匂いと、洗剤のフレッシュな匂いが空気に滲む。あ、だめだ。ほんとに寝そうだ。
「お風呂も入ったし」
あまり思考を回さずに言葉が口から勝手に出ていく。
「仮眠しますか?私も今からお風呂いただくので、帰ってきたら起こしますよ」
「お願いしていい?メイドさん」
もうほとんど寝ているのと変わらない状態で、俺はソファに身体を預けた。
意識が沈む直前、「ではしばしの間、おやすみなさい、慧さん」なんて幻聴が聞こえた気がした。もちろんメイドさんの声で。
◆ ◇ ◆ ◇
ふと意識が浮上する。姿勢は寝た時と変わらず、唯一違うのは毛布がかけられていること。
どこかの粋なメイドさんが持ってきてくれたのだろう。
今日は楽しかった、誰かと外を歩くのが久しぶりでちょっとテンションがおかしかったけど。
俺と彼女は確かにビジネスな関係だけど、もう少し踏み込んでもいいと思うのだ。メイドさんについて知っていることと言えば、メイドという仕事に誇りを持っていること、料理が上手なこと、そして甘いものが極めて好きだということ。
本当にそれくらい。数ヶ月住んでいてなお、だ。
当初は生活が整ったら契約を終了しようと思っていたけど、到底無理だと思う。
もし主人とメイドとして出会わなければ、俺たちは友人に、そしてもっと先に進む未来もあったんだろうか。
微かにシャワーの音が聞こえる。よかった、寝すぎたってことはないみたいだ。
きっとこれから髪を乾かしたりと、彼女がリビングに来るまでまだ時間があるはずだ。
バタン、とお風呂のドアが開く音を遠くで聞きながら、俺は再び目を閉じた。