第28話 メイドさんと名前呼び②
「ごちそうさまでした、慧さん」
いつものように綺麗に腰を折るかがりさん。その仕草だけでメイドってバレ……ないか。
誰が彼女を見てメイドだと思うだろう。
まぁでも店を出てすぐのところで人目に付くから恥ずかしくはある。
「いやいや、こちらこそ買い物に付き合ってくれてありがとね」
手を振りながら財布をポケットにしまう。
どちらからともなく家へと向かって歩き出す。
「そのお買い物もほとんど私のためじゃないですか。かなり高かったですし」
申し訳なさそうな声色。
そんなこと気にしなくていいのに。
「確かに安くはないけど……じゃあ家計のためにおやつ節約する?」
「それだけは……!それだけはお許しくださいご主人様〜!」
芝居がかった彼女に笑ってしまう。またご主人様って言ってるし。ほら、通りすがりの人もぎょっとしてるじゃん。
大人っぽい服装でギャグみたいなことされると頭がバグる
……これがギャップ萌えってやつか?
「ごめん冗談だって。生命線だもんね」
「えぇ、本当に」
むんっと胸を張るかがりさん。褒めてないんだよなぁ。
「もし生活に甘いものがなかったら……」
「なかったら?」
「そんなおぞましいことは考えたくもありませんが、万が一そんなことになれば、この国から季節が消えて地面は割れ、雨が降り続き、ご主人様の分だけ洗濯物が畳まれなくなりますよ」
「最後とそれ以外のスケール感が違いすぎる。しかもしれっとご主人様呼びになってるし」
「うるさいですよ、そこ」
びしっと指を差される。どっちが雇い主かわかったもんじゃないな。
「……だって恥ずかしいじゃないですか」
彼女は歩く速度を少しだけ緩めてぽつりぽつりと言葉をこぼす。
やがて知っている風景が俺たちを迎えてくれる。家までもう少し。空気は依然冷たいが、言葉には熱が乗っているみたいだ。
「ちょっとずつ慣れていけばいいよ」
「はい……ご主人様がすんなりと私の名前を呼んでるのも気に入らないです」
「呼ばれるの嫌だった?……まぁおじさんに呼ばれるの嫌か、ごめ」
「そうじゃなくてですね、」
言葉を遮ると同時に彼女は俺の前へ躍り出る。ふわっと優しい香りが風に乗った。彼女自身がスイーツなのかと錯覚してしまうほどに、甘くて。
「少しは照れてくれてもいいと思うんです」
「照れてるよ」
最初の方は。
何回か呼んでいるうちに慣れてきただけ。
「そう見えないんですよ、何事も無かったかのように『かがり、かがり』って」
「綺麗な名前だよね」
「ありがとうございます……でも誤魔化されないですからね!」
ぷりぷりと口だけは怒りながら再び隣に並ぶかがりさん。
気がつけば家の前、エレベーターを上がる。
鍵を回してドアを開けると、彼女が先に部屋へ滑り込んだ。
そしてくるりと振り返っていつものように手を差し出した。
「お帰りなさいませ、ご主人様」