第27話 メイドさんと名前呼び①
「ご主人様、これは対策が必要です!」
小さな声でその勢い、どうやって喋ってるんだ。
今はお店の近くの洋食屋さんで向かい合って座っている。注文した料理はまだ来ない。
言っていることには納得、俺もこの話をしようと思っていたところだ。だからこそ言うが、
「もうご主人様って言っちゃってるじゃん」
「いいんです今は。今日のご主人様はちょっといじわるです」
「ごめんごめん、外に遊びに行くのが久しぶりでさ」
「テンション上がってるのは大いにかわい……いや、結構なんですが、喫緊の課題がですね」
彼女と外を歩く時になんて呼ぶか問題だよな。
でもそんなこと、答えは決まりきっていて。
「ちなみにメイドさん的には?」
「そうですね〜……やはり苗字に『さん』付けですかね」
「じゃあ俺は|御堂さんって呼ばなきゃね」
普段は呼ばないから違和感が全身を駆け巡る。でも家では呼ぶことないし。
メイドさん、いや、御堂さんも御堂さんで微妙な表情を浮かべている。
「なんだかしっくり来ないんですよね……最近呼ばれてないからでしょうか。学生時代はあんなに苗字で呼ばれていたのに」
まぁ外で働いてないと、病院とかでしか呼ばれないか。
「メイドさんも試しに俺のこと呼んでみてよ」
「え、私は遠慮しておきます……今は別に困ってないですし……必要に応じてですね……」
「俺だけはずるくない?さっき喫緊の課題って御堂さんも言ってたじゃん。あと俺雇い主だし?」
「恥ずかしげもなく権力を振りかざして来ますね……もっと別の職業が向いているのでは?」
「御堂さんもすぐ煽ってくるじゃん」
お、何回か呼ぶと慣れるものだな。これからは家でも御堂さん呼びにしようかな。
「やっぱり御堂さんって言うのやめません?なんだか距離ができた気がして」
ご主人様とメイドさんの方がよっぽど距離が離れてるだろ。なんてったって属性呼びだぞ?
「もうじゃああれしか残ってないけど」
出会って数ヶ月の、しかも付き合ってもない女性を下の名前で呼ぶなんて俺にできるのか。
ちょっと楽しくなってきたからやるんだけど。
「え、いや、別に名前で呼んで欲しいってわけではなくてですね!」
「どうしたのそんなにあわてて、かがりさん」
時間が止まったかのような感覚。やけに彼女の顔が鮮明に見える。それは向かいに座る彼女の瞳に映った自分と目が合うほどで。
インクが紙に垂れるのを早送りで見ているかのように、彼女の頬に朱が差す。
あぁ綺麗だ、そう思ったのは今日2回目か。
彼女と……かがりさんといると飽きない。毎日のほんのちょっとした瞬間を瓶に詰めてコルクで栓をして、いつか疲れた時にもう一度体験したいくらいに。
不意に止まった時間が現実に戻る。凪いだ水溜まりに足を踏み入れるように沈黙は破られた。
原因は単純で、目の前にオムライスが運ばれてきたからだ。
傷一つない綺麗な黄色に真っ赤なケチャップに思わず息が漏れる。
「美味しそうだよ、かがりさん」
口の中で彼女の名前を転がす。
その穏やかな感覚は、俺が少なからず彼女に心を預けているからだろう。
これからはたまに外へ遊びに行くのも悪くないな。
そんなことを考えていると、かがりさんが俯きながら口を開いた。
「そうですね、ごしゅ……ん゛ん゛、慧さん」