第20話 とあるメイドの夜想
side:メイドさん
無事洗い物も終えて私は自室へと戻った。ご主人様もうつらうつらとしながら自分の部屋へ入ったみたいだ。
するすると戦闘服を脱いでパジャマを手に取る。メイド服を着ていない私は何の変哲もない人間だ。
もしこの仕事をしていなかったら、ご主人様と出会うこともなかっただろう。そう考えれば今の自分の状況も悪くないと思えるのだ。
メイドなんて、なんと刹那的な仕事をしているのだろう。
貴族に一生仕えてご令息、ご令嬢の産まれた瞬間から見守るような、そんなおとぎ話のようなことは起こらない。
まだこの家に来て数ヶ月だけど。
「出ていきたくないなぁ」
ぽつりと呟いた言葉は部屋の壁に吸い込まれていく。
実際に出ていく日が決まった訳ではない。それでも、それでもこの生活が永遠でないことは既に決まっていることなのだ。
カラカラ、と窓を開ける、もう深夜だからなるべく小さな音で。
冷たい風が部屋に入り込んで、元々あった空気をさらっていく。
顔を出して空を見上げると小さな光が瞬いていた。冬は空気が澄んでいるから星がよく見える。
もし私が出ていって数年経てば、ご主人様は私のことを忘れるだろうか。
彼もそろそろ結婚のことを考えて誰かとお付き合いしてもおかしくない年齢、もしそうなったら間違いなく私はお役御免だ。
ご主人様と楽しい日々を過ごせば過ごすほどに終わりが辛くなる。
何がそこまでいいのかうまく言語化できないが、彼と話していると、小さな気遣いを見せられると、わがままを大きな心で受け止めてくれると、心の反対側を撫でられているようなくすぐったい気持ちになるのだ。
ちょうど今浮かんでいる月の裏側を地球から見られないのと同じように、自分のものであっても心の反対側は自分では見えないものである。
「考えても仕方がないんだけどね」
そう言って窓を閉める。
彼が誰かと一緒になるならばそれを止める権利なんて持ち合わせているはずもなく、かといって倫理観を捨てて軽々しくこのままでいてと言えるほど若くもない。
今夜もなんとか布団に身体を滑り込ませる。
そういえば実家に今度帰ってこいって言われてたっけ……今までは面倒だって気持ちしかなかったが、今はその間のご主人様は大丈夫だろうか、なんて心配が先に出てくる。
生活を私に頼りきってるご主人様もそうだけど、私も大概だな。
とぷん、と心が温かいもので満たされる感覚、いつの間にか私の意識は夜の海に沈んでいった。