第19話 メイドさんと雨降りの残業帰り③
「ご主人様は先にお風呂入っちゃってください、晩ご飯温めますので」
そう言うとぴゅーっとリビングに消えていくメイドさん。結局あれからほとんど話さないまま帰ってきてしまった。
服を脱いで風呂のドアを開けるともうもうとした湯気が俺を包む。帰ってきたらお風呂が沸いていて、温かいご飯を食べられる。
そんな生活をこれから捨てられる気がしない。
「あぁ〜、結婚とかできるんだろうか、俺」
ざぶんと湯船に身を沈めながら独りごちる。彼女なんて数年いないけど、もしこれから誰かを好きになったとして、メイドさんになんて言えばいいんだ。
全身が弛緩する感覚に身を任せて天井を見上げる。俺と彼女はあくまでビジネスの関係だが、友人のようでもありたいと願っているのだ。
「ご主人様〜今日お酒飲みます?」
そんなことを考えていると、すりガラスの向こう側からメイドさんの声が飛んでくる。
「いや、今日は疲れたしお酒はなしにしようかな」
「じゃあ私もなしにしよっかな〜」
声が小さくなっていく。キッチンに戻ったのだろう。
たまに砕けた口調になるのも、うちでの生活に慣れてきたからだと信じたい。
髪と身体を洗って脱衣所へ。急に眠気が襲ってくるが彼女のご飯を食べずには眠れない。
「お風呂いただいた、ありがとね」
「いえいえ、今日は一段と冷えますし」
テーブルには既にお皿が並べられている。これが当たり前じゃないということを肝に銘じなければ。
「ご飯も助かる、こんなに遅いのに」
「いいんです、私はこれが仕事なので。料理するのは嫌いじゃないですし」
柔らかな口調で彼女は言葉を落としていく。ここだけ見ると、普段他人を煽り散らかす人間だとは思えないよな。
席に着いて手を合わせる。目の前にはいつものようにメイドさん。
「あれ、もしかして」
「ほんと、ご主人様って勘がいいですよね。気付いても黙っておくものですよ」
俺と同じメニューが彼女の前にも。時刻は既に0時を回っている。
「謝るのもなしですよ、私が勝手にやったことなので」
そう言われてしまっては、口から出かかった謝罪の言葉を飲み込むしかない。
「何も言わないけど、ありがとうね」
「今日ご主人様そればっかじゃないですか」
彼女は手で口を覆って上品に笑う。形の良い瞳は細められて、眉は垂れ下がっている。
表情豊かなところも、彼女の魅力の一つだと思う。
「でもほんとに思ってるから」
「はい、しっかり伝わってますよ。ほらほら冷めないうちに食べましょう」
俺に先んじて手を合わせるメイドさん。彼女に倣うよう俺も手を合わせる。
「「いただきます」」
やはりご飯は一人で食べるより二人で食べる方が美味しく感じるのだ。