第18話 メイドさんと雨降りの残業帰り②
「なんでここに……」
「そりゃどこかのご主人様が私からのチャットに返信しないからですよ」
いつもより近くから聞こえる声。
濡れたアスファルトは俺たちの足音を消していく。車通りも少なくなった帰り道、世界に雨音と彼女の声しか響かなくなったみたいだ。
スマホを確認すると、確かに『傘を持ってお迎えにあがりましょうか?』とメッセージが。
申し訳ないことをしたな。
「ごめんよメイドさん、チャット送った後に寝ちゃってて」
「いいですよ、ご主人様今日お疲れですものね。甲斐甲斐しいメイドの連絡の1つや2つ」
「なんか刺ない?」
「それは私がバラみたいってことですか?口説かれてますかね、今。ちょっとご主人様とメイドは禁断の愛かなって。一旦お断りしておきますね」
どうしたんだ、早口でぺらぺらと。
これはあれだな、メイドさんかなり眠いな。
それにしても彼女の服、どこかで見たことがあるような……。
「メイドさんいくつか聞きたいことがあるんだけどさ」
「スリーサイズでしょうか、流石にお答えし兼ねますよ」
だめだ、話が進まない。
聞きたいことは2つ、1つは。
「そんなこと聞かないよ」
「そんなこと……!?このスーパー美少女のメイドさんのスリーサイズが……?」
「くそ、迎えに来てもらってる手前無碍にできない」
「それでなんでしょうご主人様、家に着くまででしたら何でもお答えしますよ」
ふっと笑っていつもの調子に戻るメイドさん。
「今着てる服ってもしかしていつものメイド服?」
白い襟付きの真っ黒なワンピース、エプロンやホワイトブリムをしていないから気がつくのが遅れたが、このフォルムは。
「勘のいいご主人様はきらいです」
「エプロンしてないとわかんないって」
ぷくっと頬を膨らませる彼女。
「それにしても珍しいね、そのまま外に出てくるなんて」
「誰のせいですか誰の!」
ぽこっと肩にパンチが飛んでくる。雨に濡れるから避けるわけにもいかず、甘んじて受け入れる。
その一発で満足したのか、メイドさんの攻勢は止む。
それと何より気になっていることがあるんだが。
「……迎えに来てもらったのは大変ありがたいんだけどさ」
「ええ、存分に感謝してくださっても、なんならお給料を上げてくださっても」
「それはこの前も言ったけど会社と相談してね……あのさ、どうして傘1つなの?」
触れそうになる肩、いつもより近くで聞こえる声、ソファにいる時に香る甘い匂い。
きょとんとした顔で立ち止まってこちらを見る彼女。
今はメイドさんが傘の柄を持ってくれているから、俺も立ち止まらざるを得ない。
聞こえるのはざぁっと周りを満たす雨音と、水滴が傘に当たるぽつぽつと楽しげな音だけ。
時間にして数秒だったか、実際には数分に感じられたが。
「そんなの、決まってるじゃないですか」
俺たちはそんな甘い関係じゃないことはわかっている。わかってはいるんだが。
「疲れているご主人様のお手元を煩わせないためですよ」
そう言って彼女は少し早めに歩き始めた。
多分耳が赤かったのは、雨に冷えた空気が寒かったせいだろう。