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第12話 メイドさんと昼下がりのケーキ①

 珍しく業務に余裕ができた。ここは時間休でも使って少し早めに帰ろうか。

 そう思いついてからは早かった。


 さっさと休暇を申請して15時ちょうどに退勤、ほくほく顔で電車に乗る。

 帰りなのに空が明るいばかりか電車が空いている。


 あ、メイドさんに早く帰ると言っておかないと。


『お仕事中ごめんね、こっちの仕事落ち着いてるからちょっと早く帰ります』


『お疲れ様ですご主人様、承知いたしました。晩ご飯は早めに召し上がりますか?』


 すぐに返ってくる返事。


『いや、いつも通りでお願いしてもいいかな』


 突然の自分の都合で彼女のペースを乱すわけにはいかない。


『かしこまりました。今から買い出しで外に出ますので、少しの間家を空けますね』


 スタンプで返事して窓の外を眺める。突き抜けるような青空、少し冷えた空気が目に見えるようだ。

 いつも買い物をお願いしているが負担になっていないだろうか。


 もちろんお金を支払って家事をやってもらってはいるが、自分と一緒に住むこと、朝早くに起こしていることを考えると、少しくらいお礼したっておかしくないだろう。


 善は急げ、駅から出ると近くのケーキ屋へ。


 カランっと甲高いベルの音、すぐに甘い匂いに包まれる。照明に照らされたケーキたちは、その飴にコーティングされた色とりどりの果実たちも相まって、まるで宝石のように光を乱反射している。


 ガラスケースに顔を近付ける。

 メイドさんはどんなケーキが好みだろうか。今まで仕事の関係だからと、彼女の好みを気にしたこともなかった。

 ……まぁ知らない仲じゃないんだし、知っておくのも悪くないはずだ。仮にも一緒に住んでるんだし。


「どなたかにお渡しされますか?」


 悩んでいるのを見かねたのか、店員さんが声を掛けてくれる。


「えぇ、お世話になっている人に」


「でしたらシンプルなのも喜ばれるかと思いますよ」


 そういうものなのか、てっきり新発売のごってりした豪華なケーキがいいものだと。


「意外ですね」


「豪華なのももちろん人気ですが、ケーキをよく召し上がる方ほど、シンプルなものの良さに気がつくものです」


 そう語る店員さんの口ぶりには実感がこもっていた。


 俺がいちごのショートケーキを選ぼうとしたその時、不意にカラン、と音が聞こえた。どこか自分が鳴らした時よりも静かで洗練された音に振り返ると、そこにはよく見知った顔が。


「あら、いらしてたんですね」


「うん、たまには甘いものもいいかなって」


 彼女にお土産を買おうとしていたことを知られるのはどこか照れくさくて、咄嗟に口から出まかせを言ってしまう。

 目の前の店員さんは目を細めて微笑ましそうにこちらを見ている。むしろそっちの方が恥ずかしくなってきた。


「私は偶然早く帰れた誰かさんに甘いものでも、と思って来たのでちょうど良かったです」


 これはメイドさんの方が1枚上手だったな。ありがとう、と小さく呟いてガラスケースに向き直る。


「せっかくだから2人分買おうよ」


「いいんですか?……でしたら」


 そう言って彼女が脇目も振らずまっすぐに指差したのは、いちごが1粒だけ乗ったショートケーキだった。


 やはりプロの言葉に嘘はなかったみたいだ。

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