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第11話 メイドさんと歯ブラシ

「ご主人様、歯ブラシがもけもけになったので替えたいです」


 仕事終わりで晩ごはんも食べ、ソファでぺしょぺしょに溶けていると、でーんと2本の歯ブラシを両手に持った彼女がリビングに入ってきた。


「もけもけ……?」


 聞いたことのない擬音語に疑問符が浮かぶ。


「あ、失礼しました。毛先が広がっております、なぜか2本ある(・・・・・・・)ご主人様の歯ブラシが」


 なんだろう、言葉では言い表せない「圧」のようなものを感じる。

 居住まいを正すべく、ソファに正座する。これじゃあどっちが雇い主かわからなくなるな。


「あ、後で自分で新しいの出します」


「いえ、両方替えても良ければ私の方でさせていただきます」


「両方替えていただけると助かります……」


 なんだってんだ、歯ブラシの2本や3本使うだろみんな。大雑把に磨く用と細かく磨く用で……社会人になりたての頃、テレビの特集で「磨く場所に合わせて使い分けるといい!」って聞いて試してみてから、なんとなくずっと2本使い続けているのだ。


「それで、どうして2本もあるのですか?他に誰かこの家に来ることが?」


 真剣な表情に押される。

 誰も来ねぇよ、たまに実家から家族が様子を見に来る以外は……友人も少ないし。


「どうしてそんな圧が強いのメイドさん」


「いいですかご主人様、メイドたるもの突然の来客にも備えなければなりません。それがご主人様の親しい人なら尚更、失礼にならぬよう心づもりしておくのです」


 彼女は突然ペラペラと話し出す。よくもまぁ舌が回るもので。

 ふむ、でもそういうことなら。


「そういうことならメイドさん、大丈夫だよ。この家には基本誰も来ない」


 怒られている訳ではなさそうだ、脚も痺れてきたし崩そう。

 よっこいせとあぐらに切り替えようとすると、歯ブラシをビシッと突きつけられる。


「そこ!正座!」


 おいおい役者もびっくりの演技じゃねぇか。


「待ってくれ、俺がご主人様だよな……?」


「そんなことは今はどうでもいいんです、この歯ブラシはなぜ2本あるかを聞いてるんです」


「まず俺には友だちが少ない……あ、言ってて悲しくなってきた。それはOK?」


「言うまでもありませんね!」


 傷つくって。


「だからこの家には家族しか来ない……というか家族しか知らないし、来る時は連絡してくれる」


「こ、恋人は?」


「いたらメイドさんと暮らしてないってば」


「昔の人とか……」


 しおしおと声が小さくなっていくメイドさん。そこは強気じゃないのか。


「彼女なんてもう何年……」


 指折り数えようとすると、彼女の手がそっと添えられる。


「ごめんなさい、私が悪かったです」


 おかしい、謝られているはずなのに煽られているようにしか聞こえない。


「あとその歯ブラシ、大きさも形も違うだろ?磨く場所によって使い分けてるんだよ」


 やっと言えた。これを言うために何分かかるんだまったく。


「なるほど、そういうことでしたら2本とも新しいものを出しておきますね!」


 そう言うと、彼女は上機嫌になったのか鼻歌を歌いながら洗面台へと消えていった。


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