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陽だまりの約束  作者: くじらの民々
3/3

終電から、朝へ

 終電が来る数分前、ホームにはぽつぽつとスーツを来ている社会人が何人か並んでいた

 黒いスーツの男性がひとり、ベンチに腰をかけている。スーツの肩は少しよれていて、ネクタイは緩んでいた。


 彼の名は佐々木。営業職。今日は遅くまで得意先と飲み会だった。笑って、頭を下げて、空気を読んで——そして疲れが残るまま、最終の下り電車を待っていた。


 「……ふう」


 目を閉じて、ひと息つく。

 そのとき、隣に小さくコトンと音がした。


 隣に座っていたのは、制服姿の女子高生。リュックを抱えて、小さく舟をこいでいた。

 手には、参考書。時おり首がかくんとなって、彼女は目を覚ます。


 「あっ……やば……」


 眠そうな声に、佐々木は小さく笑った。

 終電に乗る高校生なんて珍しい、と思いながらも、特に声はかけない。


 やがて、電車が来て、ふたりは並んで乗り込んだ。

 席は空いておらず、つり革を握る。

 女子高生は、立ったままうとうとし始めた。


 佐々木は、何となく気にしていた。

 彼女が倒れそうになったら支えよう、そう思っていた矢先——


 「……あ」


 彼女がリュックを落としかけたのを見て、佐々木はさっと手を伸ばした。


 「危ないよ」


 「……すみません。ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げた女子高生。リュックを抱え直して、姿勢を正す。

 それきり、ふたりはほとんど言葉を交わさなかった。


 電車は夜の街を静かに、そして滑るように走っていく。

 窓の外には、眠った住宅街。点々と光る灯の眩しさ。

 誰かの明かりが、誰かの夜を照らしている。


 ——翌朝——


 同じホーム、同じベンチ。

 佐々木は出勤途中、欠伸をしながらぼんやりと電車を待っていた。


 すると、昨日の女子高生が、今度は制服の上にカーディガンを羽織ってやってきた。

 彼に気づくと、小さく会釈をして、隣に座る。


 「昨日はありがとうございました。助かりました」


 「いや、こっちこそ。ずいぶん夜遅くまで…大変だね」


 「受験生なのでやらなきゃいけないんです……」


 苦笑いする彼女の声に、佐々木はうなずいた。


 「そっか。俺もがんばるよ。営業成績、まだまだだからね」


 「ふふ、じゃあ、どっちが先に目標達成するか勝負、ですね」


 朝の光がホームに差し込み、始発の電車がゆっくり入ってくる。


 大人と子ども。違うようで、どこか似ている。

 ほんの数分の出会いだけれど、その日、佐々木は少しだけ背筋を伸ばして会社へ向かった。

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