勇者は大陸を渡る、らしい。
完全に勇者パーティを巻いたあと、軍と合流して飯を食い、身体を清めて、たっぷり寝て起きた後に訓練をして、また湯浴みをして、寝て起きたらころにやっと勇者は香辛料を受け取ったとの報告を受けた。
どこに寄って来たんだよ。
2日も待ったって。
勇者と一緒にいる男が毛皮一丁になってるしさ。
魔王領なら普通だけどさ、よくその格好で船借りに来られたね。
頼むからもう寄り道などしないで欲しいなんて祈りが通じたのか帰りはすんなり行き、今勇者は海の上である。
という事は、我々も海の上という事でもある。
あちらの客船の船長には話が通っており、こちらは海賊を先行して潰して回っている側の船に乗っているから、勇者の船を直接見張る事は出来ていないが、もちろん船の中でなんかの弾みで暴れ回ったりしても良いように、向こうにも何人か兵を派遣している。
姿を見せない様に気を配るなんて面倒なことをしているので、王や姫よりVIP扱いをしているんじゃないのコレ。
本末転倒であーる。
先行しているので、彼らより数時間早くに大陸の港に降り立ち、港の見えるおしゃれなレストランで飯を食いながら勇者達を待っていると、真っ青な顔でフラフラ下船して来る彼らが見えた。
船酔いか。
まぁそうだよなぁ…山生まれ山育ちなんだから。
ゆっくり休みなさいな。
本当にゆっくりしてくれ。
俺も部下を野営でも船でもなく、陸の宿に泊めてあげたい。
…オッケー!ナイス。
あれは部下の誰かが機転を効かせて宿を取ってやったんだな?
普通に会話している身振り手振りにしか見えないだろうが、軍隊式信号で俺たちには意図が伝わっているよ。
久しぶりにゆっくりとできたので会議をした結果、ある程度の方針も決まった。
港町から魔王城までには2つほど大きな街があり、中規模の町が4つ、村々が転々としている。
そこそこ長旅だ。
フラフラと寄り道をされると時間だけがかかり、やってられないので、団員に芝居をして貰って勇者を次の町へ次の町へと頼み事で誘導して貰う。
あたかも人助けをしている様な感じだが、結果的に最短ルートで魔王城へまっしぐらだ。
先ずはこの町で商人に扮した者が護衛を頼む事になっている。
馬車に乗ることが出来るので、徒歩よりも大分早く進むことが出来るだろう。
盗賊などは多少襲ってくるかもしれないが、先行部隊が見逃した程度の小規模軍勢なら問題ないだろう。
街人や商人に扮するウチの部下は勇者の10倍強いし。
町から町へと依頼をこなしながら順調に進む勇者達は、凛々しい顔になっていく。
護衛依頼や運搬、討伐依頼などバリエーション豊かな依頼を用意した甲斐もあり、やって来る獣や魔物を倒して自信をつけていっているのだろう。
まぁ、言うてもね。
その表情とは裏腹に彼らは大して成長していないけどね。
だってさ、彼らが違和感を覚えない程度に戦いやすく数も少ない奴らを吟味して通しているのだから、それはそうだろうよ。
雑魚は5匹、大物は2匹までとルールを決めていて、それでもやばそうな時は我が団自慢の狙撃手が、彼らの攻撃に合わせて倒している。
その際は依頼人役の団員に合図を送り、早く移動したいだとか、商品として素晴らしいからこの場で買い取らせて欲しいなどと様々な言い訳をつけて死体を吟味させない様に配慮もしている。
あっちで困り事、こっちでお使いと右往左往させてたいると見せかけながら、最短距離を進んでいくと、いよいよ魔王城が見えて来た。
勇者達も気持ちを引き締めた顔で城へと近づいていく。
ここでも一応設定は考えた。
四天王と呼ばれる強大な亜人を倒していかなくては魔王への挑戦権すら与えられないというものだ。
長引かせる理由?
ちゃんとあるって。
その戦いで、亜人達の悲しきバックボーンが明かされていき、4人目ともなると気持ちのいい武人である。
敵として戦ったは良いものの、もしかして全ての亜人が悪人ではないのではないかという疑念を抱かせるというストーリーとしている。
突貫で仕上げた割には良い出来だ。
演劇マニアの団員と四天王役を行う亜人との共作で、こうするのにも訳がある。
というより、ここまでの旅で彼らに色々自力風に対処させているのにも訳がある。
一つは彼らが帰国した後に亜人を敵として認識されて風聴されては困るからだ。
この後は普通に国交を開く事が決まっているんだからね。
見た目は違えども、良い奴も悪い奴もいる人間と同じ存在って事をわかって欲しい。
もう一つは、おそらく姫は勇者に旅がどんな物だったかを聞くだろう。
それは作られたものとは言えきちんと経験させて来たものなので、真に迫った話ができるだろう。
それがドラマを産む。
俺たちから見れば茶番も良いところだが、これからの為に必要なんだよ。
…もし彼らが想定より遥かに愚かで、相対した敵をそのまま敵としてしか受け入れられない様な馬鹿ならば、姫が帰る気になった後に俺が対処するしかない。