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16 デザート付きランチセット

 どうしても眠れなかったエレインは結局、起きて仕事場に向かった。

 小さな灯りを頼りに、ブロンデルのバーチナイトで睡眠導入剤を作る。

 薬の効果で半ば無理矢理就寝したら、今度は店が休みだったこともあって、ぐっすり眠りすぎた。

 すっかり日が昇ってから起きた身体はバキバキ、頭もぼんやりしていて最悪だ。


「薬を飲んで寝ただろ。まったく、薬師がなんて有様だい」

「面目ない……」


 オルガに蹴飛ばされるようにして風呂に入り、湯上がりに冷たいお茶を作って飲んでいると、玄関のノッカーが叩かれた。


「はい、ただいま!」


 今日は星の日。毎週この日が薬屋の定休日であることは町の人間なら知っている。

 郵便屋なら「郵便です」とすぐに名乗るので、そうではないところを見ると急患の可能性が高い。

 急ぎ扉を開けたエレインだったが、ものすごい既視感に眉を寄せた。


「え?」


 扉の上枠に頭をぶつけそうなほどの上背。冬の湖を彷彿とさせる銀の髪に、冷たく鋭い青の瞳。何故か花束を抱えて立っているのは、どう見ても、昨日会ったばかりのジラウド・シャリエだった。


「ええと……どうされました?」


 昨日の今日で、一体何があったというのだろうか。何かのっぴきならない事情でも……それにしては、その大きな花束の意味が分からない。


「おはよう。今日は休みなんだろう? こちらで使う細々したものをそろえたいから、案内してもらえないだろうか。越してきたばかりで家が空っぽなんだ」


 思ったより、しょうもない理由だった。

 言葉と共に花束を差し出されたエレインだったが、思わず無言で首を横に振る。しかし花束はちゃっかり受け取った。全て何かしら薬効のある花で作られた花束だったからだ。


「おや、シャリエ先生じゃありませんか。ようこそ。エレイン、どうせ休みなんだし行っておいでよ」


 心なしか眉毛の下がったジラウドと、薬草の花束を受け取って立ち尽くしているエレインを見てオルガが言うが、これにもエレインは首を振る。

 だって、ジラウド・シャリエは貴族だ。三男だったか四男だったか知らないが、名家の子息だ。生活に必要な細々したものなんて、黙っていても周りが勝手にそろえてくれるのだから任せておけばいいのだ。


「まぁいいさ。今日は大掃除をするから」


 オルガの言葉にエレインはパッと顔を上げた。


「大掃除! 今回も急ですね。しかたない、私もがんばり……」

「というわけで、あんたがいると邪魔! 夕方まで帰ってくるんじゃないよ!」

「そ、そんな!」


 普段なら面倒だと思うオルガの大掃除宣言も今日ばかりは渡りに船だと思ったのに。いつもなら容赦なく手伝わされるのに。

 今日に限って家から追い出されたエレインは玄関の前で呆然と立ち尽くしながら、隣のジラウドに意識を向けるしかなかった。

 ちなみに薬草の花束は「よかったね、エレイン」とニコニコ笑うオルガの手に渡った。エレインもだが、オルガもちゃっかりしている。


 ――ぐぅ。


 しかも、お腹が減った。起きてすぐに入浴し、さてこれから遅めの朝食でも、という時にジラウドが来たのだ。


「よかったら、まずは食事にでも行かないか。実は今日まだ何も食べていないんだ。近くにおすすめの店は?」

「この辺のお店は、ちょっと……」


 美味しい店なら知っているが、ジラウドとは一緒に行きたくなかった。顔見知りに会って何を勘違いされるか分かったものではない。


「じゃあ、うちに来ないか?」

「はえっ?」

「こう見えても料理は得意な方だ」

「い、い、行きませんよ!? 分かりました。ここからちょっと歩きますけど、気になってたお店があるのでそこに行きましょう!」


 ジラウドの家など言語道断である。人目のないところで二人きりになんて絶対になれない。貴族の直系なんだから使用人を連れてきているかもしれないが、とにかくジラウドの家は無理だ。それならどこかの店に入った方がいい。

 返事も待たずにズンズン歩くエレインの後ろで、ジラウドがふっと笑う気配を感じながら、街外れの店に向かった。


 *


 ベルカイムの西は薬屋から遠いので、エレインはあまり足を運ばない。そんな西区のさらに外れの店ともなれば、知り合いに遭遇する確率も格段に減るだろう。


 席に案内されながら周囲を見回すが、思惑通り、見知った顔はない。

 雰囲気のいい店だった。老若男女がおしゃべりを楽しんだり、一人で静かに本を読んだりと、それぞれが思い思いに過ごしている。

 以前見かけて気になっていた店だが、こんな状況でなければ素直に楽しめたに違いない。


「君とベルジュ先生は、師弟関係と言うより親子のように見える」


 観葉植物に囲まれて半個室のようになった席に座り、注文を済ませた後にジラウドが言った。


「死んだ両親より長く一緒に過ごしていますから」

「そうか」


 たまたま拾われたオルガとの間に血の繋がりはない。しかし、エレインにとってオルガは家族同然だ。はっきりと聞いたことはないが、オルガも似たようなことを思ってくれているのだと自負している。

 それに比べると、前世の両親は血が繋がっていたはずなのに、まるで娘を物のように見る人たちだった。


(没落しかけの貴族にとっては、娘なんてよりよいところに嫁がせるための商品だもんね)


 夫と結婚する時には、「本当はもっと由緒正しい資産家の貴族に嫁がせるはずだったのに、野蛮な平民に嫁がせることになって恥ずかしい、先祖に顔向けができない」と言って泣いていた。

 それでもエレインは両親に感謝していた。裕福ではないながらもそれなりに育ててもらったし、何より、あの人の元に嫁がせてもらったから。


(まぁ、それが最大の不幸でもあったわけだけど。グサッとね)


 運ばれてきた鶏肉のソテーをフォークで突き刺す。

 こんがり焼き目のついた鶏肉はスパイスが利いて、ぷりっと歯ごたえがあって美味しい。ちょっとしたデザートと飲み物まで一緒になっていてお得感がある。


 ジラウドもエレインと同じランチセットを頼んでいた。ちなみに、メニューの中でデザートまで付いているのはこのランチセットだけである。


「先日、とうとう最後の天幕も撤去されたそうだ」

「そうですか。すっかり元のブロンデルに戻ったわけですね」

「ああ。ウルキアとの戦後協定も締結された。もうどこにも攻め込まれなければいいんだが」


 豊かな土地ゆえに昔から狙われ続けたブロンデル。エレインも、もう二度とあの草原に血が流れなければいいと思って頷いた。


 腹ごしらえの後、結局エレインはジラウドの買い物に付き合うこととなった。

 ジラウドは本当に細々としたもの、文房具やろうそく、収納用品にリネン類などを購入していく。

 時々エレインも意見を求められながら買い物を進めて、今すぐ使いたいもの以外は後日自宅に届けるよう手配を済ませていたら、外はもう陽が傾きかけていた。


「ここですか」

「ああ、病院兼、俺の自宅だ。中はもうできていて、後は外装だけなんだ」

「立派な病院になりそうですね」


 長い影が落ちる帰り道、エレインは工事中の建物を見上げて感嘆の声を上げた。

 結局案内されたジラウドの病院兼自宅は、薬屋からそう遠くない場所に位置している。患者が病院と薬屋を行き来するにも便利そうだ。


 入院用の病室があるのか、自宅部分もそれなりの広さを確保しているのか、建物自体も薬屋の二倍以上あるように見える。さすが貴族と関心するエレインに、ジラウドが声を落として言った。


「悪かった。突然ベルカイムに越してきたりして。気味が悪いと思われてもしかたない……」


 終戦後、ブロンデルの駐屯地を去る時に地元を聞かれてベルカイムだと答えた。

 あの会話があった時にはすでに開業が決まっていたのだろうか。それならその時に教えてくれてもよかったのに、彼はあえて黙っていたことになる。

 もしくはエレインがベルカイムと言ったから、開業場所をベルカイムに定めたのか。その場合、まるでわざわざエレインを追いかけてきたみたいだ。


 気味が悪いと言えば、まぁ、そうなのかもしれない。でもそれより、ジラウドが前世を覚えているのかいないのか、エレインにとってはそっちの方が問題なのだ。


「偶然じゃなかったんですか?」

「君がいるから、ここに来た」

「…………」


 それってどっちの意味だろうと、エレインは真剣に悩む。

 ジラウドも前世を覚えていて、殺し足りないからエレインの元まで来たのか。あるいは前世を覚えていない場合、ジラウドは……。


(私のことが好きだから会いに来たって……言ってるみたいじゃない……?)


 ぶわっと血が体中を駆け巡った。夕暮れの空に、バチン! と頬を叩く乾いた音が響く。

 隣のジラウドがびくりと大きな肩を奮わせる。それから、音源のエレインを恐る恐る見下ろした。


「……大丈夫か?」

「……突然すみません……急に頬が痒くなって……」

「そうか……っくく」


 エレインの答えにジラウドは小さく笑った。ブロンデルで会ったばかりの頃は顔を合わせる度に怒っていたはずなのに、実は笑い上戸なのか。

 むっとしてジラウドを見上げる。肩を震わせて笑っていた男はきゅっと唇を引き結んで、取り繕うように咳払いをした。


「その。君さえよければ、また会えないか?」

「毎日お店にいます」

「ああ、きっと頼らせてもらうことがあると思う。でもそうじゃなくて……次の休みの日とか」

「それはお断りします」

「忙しいか? 君の都合に合わせるから。本当に、いつでもいいんだ」

「私がというか……そちらのご都合が悪いんじゃないですか? 侯爵家のご子息ともなれば婚約者様がいらっしゃるでしょうし、お相手の方が嫌な思いをされそうなことは控えた方がよいかと」


 まくし立てるようなエレインの言葉を受けて、ジラウドは青の三白眼を瞬かせた。みるみるうちに、口元が嬉しそうに緩んでいく。

 エレインは失言を悟って視線を足下に落とした。


「気にしてくれたのか。いないよ、婚約者なんて」

「嘘ですね」

「嘘じゃない。今までで一度だって、婚約者がいたことはない」

「それはそれで問題があるんじゃないですか」

「ああ、そうなんだ。俺はあの家ではなかなかの問題児だから」


 結構失礼なことを言ったはずなのに、どうして嬉しそうにしているのか。

 黙りこくるエレインを促して、ジラウドは薬屋の方向へと足を向けた。


「あの」


 うつむいたまま歩いていたエレインは、裏口まで送ってもらってようやく顔を上げた。

 真っ直ぐに目を合わせられなくて視線をうろつかせながら、しどろもどろと言葉を紡ぐ。


「わ、私は、毎週星の日が休みですから……あと隔週で、宵の日も……」

「――え」

「どこにも行かないなら、いいんですけど」

「いや、行く。絶対に行く。また迎えに来る!」

「分かりました送っていただいてありがとうございますではまたっ!」


 言うだけ言って、エレインはジラウドの返事も待たず家に入った。

 後ろ手に扉を閉めて、そのままずるずるとその場に座りこむ。走ったわけでもないのに心臓が早鐘を打っていた。


(なんであんなに嬉しそうなの)


 元々王都に住んでいたはずのジラウドが、わざわざベルカイムまでやって来た。その理由はふたつにひとつ。しかし彼は、前のことを覚えている様子でもない。


(私のこと、殺したくせに。でも……私も……)


 夫のことが好きだった。お互い手探りで、まだ夫婦の形なんて分からなかったが、エレインは夫に恋をしていた。

 そして、今も。


(恋愛に興味ないなんて言って、本当はあの人以外に興味がなかっただけ)


 エレインは、ジラウドに恋をしている。

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