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続 学校祭のこと

 当日のクラス出し物は大盛況だった。家具・調度類なんてどこから持って来たものなのか、勿論本物じゃないんだろうけど実にそれらしかった。どうも時代考証は級長が担当したらしい。全く律儀な男だ。主役のメイドさんたちも、懸案事項だったスカートの丈の件、最終的にショートは却下されてロングになっていた。けれどそれはそれで大変好評だった。一応“喫茶”なんだから紅茶とコーヒーを出す。茶葉は覚王山から、豆は高見の喫茶店からそれぞれ仕入れて、両方とも本格的に入れていた。通人を唸らせるこれらは、担任の先生の仕事だった。僕の周りには変なことにこだわりを持つ人が多い。

 開店してお客さんが入ってきて、“お帰りなさいませ、ご主人様”とかの声が広がり注文が出そろった頃、僕はピアノの前に座った。特に挨拶なしで静かに弾き始めようとしたら、突然あのこが傍に来て僕の右手を取り立たせると、『皆様にくつろいだ時間をお過ごしいただくため、本日はピアノの演奏をお届けします』なんて言いながら洒落た様子で会釈をする。そうなると僕も合わせなければならない。そこですっかりほてってしまった手のひらを(隠すために)胸に置き礼をした。何たら朝の礼儀のことなんか知らないし、そう『誰も知らんさ』。ただこのとき、客席の一角でやたらと盛り上がっている女の二人組がいた。僕があのこに手を取られたときなんかは指までさして喜んでいたんだ。この二人は勿論お母ちゃんとお姉ちゃんで、こういうのが好きなんだよね。下品に騒ぐなんてことはしてないんだけど、それにしても本っ当にデリカシーのない。

 それはともかく、僕は演奏を開始した。演奏と言っても、今回の僕の役割はいわばイージーリスニングで、気は楽だ。ピアノ教室の先生からみっちりとご指導いただいたから自信もある。曲はどれもきれいなものだったから集中力も続いてミスもほぼ無かった、と思う。ただし演奏時間は、二十五分弾いて五分休憩というワンセットを六回で三時間という長丁場、これをやり切ったんだから我ながら大した体力だ。

 ところで一回目の休憩の時、あの二人組がおいでおいでをするもんだから僕は仕方なくそっちへ行った。二人ともいやらしいくらい嬉しそうな顔をしている。『上手く弾けとったじゃん。長いことこつこつやっとっただけのことはあるわ。ほいでもよく似合っとるねえ。それ、あんたの兄ちゃんが四年生の時作ったもんなんだに。ぴったりだわ。ちび、ちびと思っとったけどが、いつの間にやら大きくなっとったんだわねえ』だから僕は同学年では大きい方なんだって。確かにこの子ども用のスーツ、お兄ちゃんが四年生の時のものらしいけど、現在六年生の僕に丁度いいということは、お兄ちゃんに比べたらそりゃ小さいかも知れない。でもお兄ちゃんと比べたら誰だって小さいでしょ。『ねえあんた、あのこ誰なのよ。手なんか握っちゃって。背が高くてちょっとぽっちゃりで胸が大きい、あの派手なメイドさん、どういう関係なのよ』こっちの方は、まあ何とも質の悪いこと。どういう関係ったって、同級生に決まってるじゃないか。それに背は高いけどぽっちゃりは言い過ぎだ。ソフトボール部だからああいう体型なんであって筋肉が多いだけなんだ。胸が大きいのは本当、メイド服で余計強調されてるところはある。実際お姉ちゃんの十倍はある(に違いない)。派手と言っても、確かに目鼻立ちは派手だけど化粧をしているとか金髪だなんてこともない。僕は、ここは人気店なんだからあまり長居をしてはいけないと釘を刺し、休憩は五分だからこれでと言ってさっさとピアノの方へ向かった。

 そうしてかしましい笑い声を背後に歩いていると、『ちょっとちょっと、弟くん』と声がする。見ると何と、ミライさんとフラウ・ボゥさんとアムロさんだ。その後何度も会っているからちゃんと素顔は知っているんだけど、記憶の中であの時の印象が強過ぎたんだろう、気が付かなかった。慌ててお久しぶりですと挨拶したら、『弟くん格好いいわ、男っぷりが上がったわね。それにピアノも上手じゃない。もてるんでしょ』とミライさん。『そうそう、可愛いだけじゃなくてなかなかイケメンだったのね。惚れ直したわ』とフラウ・ボゥさん。そして二人してキャハハと笑った。するとアムロさんがにこにこしながら『例によって無理やり連れてこられたんだけど、来てよかったよ。君のピアノと艶やかなメイドさんたち、彼女らみんな可憐な妖精みたいで、可愛いねえ』などと不穏なことを言う。あの服装を艶やかと感じるなんて特異だし、それに僕のピアノはおまけのようだ。『変なこと言うんじゃないわよ、ロリコン男!ねえ弟くん、こいつは好きな漫画は少女漫画だし、アニメだって美少女ものが好きなの。君、こんな風になっちゃ駄目よ』『あら、弟くんは大丈夫よ。さっきの演奏なんて、背中を伸ばして堂々としてたじゃない。それに家にはあの兄妹がいるんだから、どうしたってこういうロリコンなんかにはなりっこないわ』『なんだかえらい言われようだなあ。ロリコンとはあんまりだよ。彼女らと僕とでは三四歳しか違わないんだろ』『相対論でごまかすんじゃない!全く小賢しいんだから。高校生が小学生をそんな目で見るってこと自体でロリコンなの!』『そんな目で見るって、人聞きの悪い。僕はそんな目なんてしていないよ』『あんた、自分の目を自分で見ることができるの?鏡見てたわけじゃないでしょう?他人のあたしたちがあんたの目を見て言ってんだから間違いないの』『でも君たちだって彼に同じようなこと言っていたじゃないか』『女はいいのよ、女は!当ったり前でしょ。本当にあんたには常識ってものがないんだから』『そうそう、馬っ鹿じゃないの、ちょっとは反省なさい!』流石に休憩時間が無くなってしまう。僕は、また演奏に行くのでどうぞごゆっくり、とその場を離れた。三人とも笑顔で手を振ってくれた。段々心配になってきていた頃だったんだけど、面と向かってロリコン男なんて言うっていうことは、きっと本当は仲がいいんだろう。別れ際の三人の笑顔も屈託がなかったし。

 それから一度、演奏中にあのこがやって来た。接客の合間だったのか休憩だったのか。ピアノの縁に肩肘をおいて頬杖をついた。背が高いから腰をほとんど直角に曲げて、ただし背中は真直ぐに伸ばしているから肩から腰にかけての曲線が美しい。そして身を乗り出してきて、『へえ、ほんとによく指がそんなにてんでんばらばらに動くもんだわねえ』なんて言う。練習したからねと僕は楽譜を見ながらこたえる。それからそのまま、接客さぼってていいのと注意した。けれどあのこは、『いいのいいの』とどこ吹く風。そしたら今度は執事姿の級長がやって来た。もはやコスプレ状態だ。『こんなところで油を売ってちゃいけないよ。さあ持ち場について、演奏の邪魔にもなるだろ』『ええ?仕事してるんですよ。演技のお仕事。映画とかでよくありません?食事やお酒の出るお店で演奏中のピアノマンと語り合うウエイトレス。映画のワンシーンみたい。雰囲気作りよ、いいでしょ?』『でもそれじゃあ昔の西部劇みたいじゃないか。流れ者のガンマンを主人公にしたような。それこそ昔々のアメリカ西部、どこか田舎町の場末のバーとかが似合いのシーンだよ。折角だけどその演技、今回のメイド喫茶には不似合いだね。さあさあ、頓珍漢なこと言ってないで、仕事々々』『まあ、ご挨拶だこと!』級長は妙に張り切っている。さっきの演技という言葉を思い出して、あのこも級長もそうだけど自分もやっぱりこうしてこの役を演じているのかなあ、なんて考えが頭に浮かび何だか可笑しくなってきてしまったんだろう、僕は思わず知らず口元をほころばせながらそのままパーセルを弾き続けた。


        *     *    *    *    *    *    *    * 


 そんなこんなで、学校祭のクラス出し物は目出度く好評のうちに終わった。準備が大変だったとか、それにもまして後片付けがとんでもなかったとかいろいろなことがあったけど、省略します。要はあのこがこの時のことをよく覚えていて、もしかしたらとても印象に残っていて、この僕に音楽の誕生日プレゼントを要求してきたということだ。それ自体はとても喜ばしいことだ。少なくとも、あのこは僕に悪い印象を持っていない。いや、それどころかかなりの好印象を持っていてくれてる見込みだって大いにある。だからこの誕生日プレゼントは絶対に成功させなければならない。絶対に、なんだ。  

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