表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

盗み食い

 自分がいつも楽しみにしていた蜜団子の菓子が、留守中に誰かに食べられている事に、寿王はすぐに気が付いた。

 皇帝の子である自分に対して、随分大胆な真似をする。始めはそう怒り、盗み食いの犯人を突き止めようと思った。

 しかし、毎日が退屈だった。権力の座に近い自分に言い寄って来る者は多いが、挑戦して来る者というのは初めてであった。ひょっとしたら刺客の類かもしれないが、これも縁だから付き合ってみるか。寿王はそう思い直し、菓子箱の中身を補充しておいた。


 五日が経った。菓子は毎日食われ、だんだんその量も増えている。しかし他の物には手を付けていないし、自分の身に危険が及びそうな気配も無かった。

 寿王はその日、また菓子を補充するついでに、紙片にこう書いて入れた。

「大胆不敵なり。今日は毒を入れた」

 相手が調子に乗っているのが癪に触ったのだ。もちろん毒など入れてはいない。

 翌日見てみると、それでも菓子は食われていた。そして紙片が入っている。寿王が開いて見ると、こう書かれてあった。

「ならば命懸けで」

 寿王は思わず笑いだした。あっさり見抜かれたようだ。笑いながらふと扉の方を見ると、一人の女官が立っているのが映った。

「お前は確か、……ええと、李だったな?」

 女官は木でも折るように、堅い動きで礼をした。

「はい、寿王様。李蒼天と申します」

「まさかとは思うが蒼天、菓子を食っていたのはお前か?」

「はい」

 蒼天の表情に動じた様子はなく、謝る気配もなかった。寿王はちょっとだけ本気で怒った。

「人の物を盗んだくせに、涼しい顔をしているな。私を怒らせてまで、菓子が食いたいか」

「甘い物は、本当は嫌いです」

 蒼天は、急に矛盾した事を口にした。菓子箱には甘い物しか入れていない。彼女は何故嫌いな物を食い続けたのだろう。

「寿王様が」蒼天が静かに言う。「周りの方々にお疲れのようでしたので、刺激になればと思ってやりました」

「何……?」

 寿王は、彼女の意図をすぐには理解できなかった。

「寿王様の御母上は、皇帝陛下の寵愛を集めておられる。だからいずれ寿王様が皇太子に、という噂も大きい。今では皆が、寿王様を金品を見るような目で見ています」

 蒼天は、ずばりと言った。寿王は、いきなり鋭い事を言われて動けなくなった。

「……だったら何だというんだ」

「女官が主の菓子を食ったのではなく、人が人の菓子を食っただけです。仕事としては女官ですが、人を人として見る目は失っていません。それを、お伝えしたかった」

 蒼天の口調は、召使いらしくも女性らしくもない。爽やかな風でも吹いて来そうな言いっぷりだった。

「……確かに」寿王はゆっくりと立ち上がった。「周りには、僕を皇太子に就けて利権を得ようとする輩ばかりだ。だれも僕をただの人間としては見てくれない」

 寿王は寂しく言った。知っていながら、現実を見ないようにしていた自分に腹が立つ。いつの間にか拳を握り、震えていた。

 気が付くと、蒼天の姿は消えていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ