表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/357

第80回 『勤王藩士、針尾九左衛門と純顕の病状』(1846/10/28)

 弘化三年九月九日(1846/10/28) 玖島(くしま)


 幕府のオランダとの交易自由化に際し、次郎がとった積極策は尋常ではなかった。


 以前から波佐見村と彼杵(そのぎ)村で行っていた茶の増産をさらに図り、同様に陶磁器の量産化にも取りかかった。オランダに積極的に輸出するのだが、積極的に輸入も行う。


 石炭は燃料としての需要はまだ先かもしれないが、先行して池島や松島の炭鉱も開発を進めた。すでに佐賀藩は高島で炭鉱の開発をしているので、さきに唾をつけておこうという魂胆である。


 考えられ得る商品開発を全て行い、国内需要はもとより、海外の需要に応えるようにした。


 また、佐賀藩や福岡藩の機先を制して、大々的にオランダの文物を輸入したのだ。それをなし得たのは長崎奉行と昵懇(じっこん)であり、会所(貿易管理局)の調役(長官)である高島家と連携していたからに他ならない。


 したがって大村藩が優位に立つのは目に見えていたのだ。


 その最たるものが、軍艦である。


 帆船ではない。蒸気船である。蒸気船を購入しようと試みたのだ。1から造るより模倣した方が早い。安政五年(1858年)に佐賀藩が購入した電流丸が10万$である。


 安政五年のレートで75,575両だ。弘化三年のレートでは71,839両となる。いずれにしても高炉5基と反射炉4基の合計額とほぼ同じ超高額の購入品である。





 ……が、これは頓挫した。

 

 幕府からの禁制品として、軍艦と大砲があったのだ。幕府にとってみれば、長崎を含めた沿岸部の防衛は重要だが、西国諸藩に力をつけさせたくはないのだろう。


 なんとも中途半端である。軍艦と大砲の購入を幕府の専有事項としたのだ。


 それでは、と次郎が技師の招聘(しょうへい)に乗り換えたのは言うまでもない。造船所、造船、各種欧米で()()()()()()()()()()技術における技師を可能な限り招聘しようと試みた。





 ■医学方


「一之進、殿は、殿はダメなのか?」


 次郎は大村彦次郎(あき)朝から聞いてすぐ、医学方の一之進の下へ行き、純顕の体質と現状について質問した。


「ちょ、ちょっと……落ち着け、落ち着け次郎」


「御家老様、いかがなされたのですか?」


 新薬の開発について話をしていた長与俊達と一之進が、次郎の様子に驚いて応えた。


「これが落ち着いていられるか! 藩を二分する騒動になるやもしれんのだぞ! 殿は隠居せねばならぬほどお加減が悪いのか? もともと壮健ではないお方ではあったが、それでも隠居など」


「殿が隠居? そのような話、誰が言うておるのだ?」


「さよう、それがしも長年(さじ)医として仕えておりますが、今、隠居せねばならぬほどの病、その兆しはありませぬ」


 一之進も俊達も、何のことかさっぱりわからない。


「その……あれだ。藩の一部の者が、殿は宿疾(しゅくしつ)があって国難に処するには厳しい、よって家督を弟君に譲るべきだと申しておるのだ」


 ……。


 ……。


「はあ? あははははは! 馬鹿げたことを! このようなことを申しては不敬にあたるが、万が一の時、いかにするかを論ずるのは必要な事だ。されど今、家督云々(うんぬん)の話など笑止千万。俺と俊達先生をして障りはないと申しておるのに、いったい誰が異を唱えるというのだ?」


 一之進はすごい自信である。


 俊達は一之進が自分を同列に言ってくれた事がうれしいらしく、にんまりとしている。


「それは……されどお加減が悪いと聞いたぞ。その……宿疾とは……持病か?」


 次郎はまだ半信半疑だ。


「まったく。今のは一過性のものだ。快方に向かっている。次郎、お主だって風邪のひとつくらい引いた事はあるだろう?」


「まあ、あるけど……」


「そうだ。……俺は直接は知らんが、信之介から聞いた。中学の同級生に、岩永、岩永ともかず……だったか? いただろう?」


 一之進は次郎の首に手を回し、俊達に聞こえないように二人して背を向けて聞く。


「お、おう。いたな」


「そいつは体育も休みがちで、運動会はいつも保健室にいたんじゃないのか?」


「……ああ! いたいた。そうだそうだ」


「簡単に言えばそいつと同じだ。身体虚弱だよ。みんな病弱と身体虚弱を一緒だと思っているが違う。病弱は病気によって体が弱っている状態。身体虚弱は、体が弱いから病気にかかりやすい、というものだ」


「ふーん」


「殿はその身体虚弱で、病気にかかりやすいという事だ」


「なーんだ。じゃあ何の問題もないんじゃないか」


「いや、100パーそうだともいいきれんのだ」


「何だよ! どっちなんだよ!」


 一之進は次郎と一緒に俊達の方を向く。


「俊達先生、殿の宿疾はなんでござろう?」


「先生、いまさら何を。『哮喘(こうぜん)』ではありませぬか」


「哮喘?」


「そう、要するに気管支ぜんそくだ」


「和蘭ではそう呼ぶのでしたね」


「ステロイドを吸入するのが一般的な治療法だが、アドレナリンやエフェドリンも効果がある。しかし三つともまだ開発されていない。そのため漢方に頼るしかない。先生……」


「麻黄ですな」


 漢方では麻黄は喘息の薬と知られている。


「その麻黄からエフェドリンが単離されるんだが、(今から40年後の話なんだよ!)今はまだだ」


「じゃあ作ってくれ」


「簡単に言うなよ。コカインの単離だってまだ……」





 行ってしまった。


 抗炎症剤にしても対症療法なのだ。根治ではない。一之進は新薬開発のリストに入れたが、時間はかかりそうだ。それまでは食事療法や環境改善に頼るほかはない。





 ■某所


「さて、お主が針尾九左衛門殿か」


 次郎は九左衛門を捜し出し、呼び出してその真意を問おうとしている。


「左様にございます。御家老様こそ、いったいいかなる御用向きにございますか」


 一呼吸置き、次郎は本題に入った。家老である大村彦次郎顕朝の義兄であるが、父である針尾熊之承政納は、城代兼旗本番頭備方、兼旗奉行である。


 家督も継いでおらず、年齢も家格も下である。


「聞けばお主は、殿の当主としての進退に物申しておるそうではないか」


「いかにも仰せの通りにございます」


 悪びれているようなそぶりは全くない。


 それに対して次郎も、怒る訳でもなく、発言の是非を問うこともしない。内容については、状況によっては吟味が必要だが、全否定する事もない。


 頭ごなしに声を荒らげては、主君である純顕が掲げた言路洞開に反するからである。


「はじめに申し上げておきますが、義弟の彦次郎殿も御家老様も、心得違いをなさっておいでです」


「なに?」


「それがし、間違った事は申しておりませぬし、殿への忠義の心は揺るいだ事はございませぬ」


「何を申すか。その方は殿より弟君の修理様(大村純(ひろ))が当主としてふさわしいと言ったのであろう?」


「申し上げました。されど、それはそれ、これはこれにございます。殿への忠心は揺るぎませぬが、されど病弱であるよりも壮健である方が望ましいのは誠にて、それをそのまま申し上げただけの事」


 ややこしい! それならばそうと、最初に断っておくべきではないか! ……いや待て、もし今、()()()()()()()になったらどうするつもりなのだ?


 殿の御嫡男である甲吉郎様(後の武純)が、普通なら家督を相続するべきである。しかし、産まれて間もない。まだ数えで二歳で、ついこの間立って歩き始めたばかりなのだ。


 弘化二年生まれである。


 国難に対し、果敢に処するためには、幼君より英邁(えいまい)の誉れ高い弟君を養嗣子として迎え、跡継ぎとするのではないか?


 怪しい、怪しすぎるぞ……。


 次郎はそう思った。


 事実、史実では三十七士同盟という名で藩論を勤王倒幕へと導くグループの、盟主となる人物なのだ。次郎はそれを知っているのでなおさら危険視した。


「さようか。あい分かった。されど、いらぬ嫌疑のかからぬようにせねば、彦次郎殿も心労が絶えぬぞ」


「はは。心に留め置きまする」


「時に九左衛門殿。弟君の修理様の事をいかに考える」


「は。誠に英邁なお方と存じまする」


「左様か」


「は……」


 ……。





 ■小銃製造方


 大砲鋳造方では36lb(ポンド)砲が4門完成していた。


 前装型における紙薬莢(やっきょう)の成功を受けて、後装式の小型銃(拳銃)の製作を開始。


 ①弾を込めるために尾栓を後方へ引く。(この時点ではまだ薬室は開放されず、装填(そうてん)できない)


 ②右側にあるレバーを手前方向から下方向へ押す。銃の内部の薬室と連動しており、回転して装填口が開く。


 ③装填し、レバーを手前に引いて下に戻す。その後、尾栓を押し込む。尾栓はコッキングインジケーター(出ていれば発射できず、押し込まれていれば発射可能)の役割を果たす。


 試射を行い、良好だったために、同じ構造の小銃を製造するも、威力不足が露呈。その原因は構造上薬室を長くできないために、弾丸のサイズが限定される事と判明。





 ■招聘オランダ教官


 ヘルハルト・ペルス・ライケン(海軍)……航海術・測量術・操艦術・砲術他

 ヘンドリック・ハルデス(海軍機関士官)他37名……蒸気機関・造船・造船所他





 次回 第81話 『なるほど、天才だね。だけど大村には君以上の者は3人居るし、君くらいの者は両手で足りないくらい、いるよ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] うーん、この末期一歩前で危機感皆無な幕府よ。 蒸気船は無理でも蒸気機関の輸入はしたい所さんですね、現状一番安定した動力源になるし完コピ出来ればなお美味しい。 さて、貿易に自由度が増えたし藩に…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ