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第272話 『皇女和宮とロシア全権との交渉』

 文久二年一月十五日(1862/2/24)~二月十一日(3/21)


「なんだって! ? 襲われた? いつ? どこで? 誰が?」


 史実と歴史が変わっても対馬の問題は解決しておらず、他の問題も山積みである。


 しかし次郎は攘夷(じょうい)に関しては藩内で攘夷志士の教育も行っているし、各方面のロビー活動の成果もあって、事件の可能性は低くなっているのではないかと考えていたのだ。


 やっぱり、起きるのか。


 次郎は歴史の矯正力、強制力の不安定さを感じた。


 ……大老安藤信正は無事であったが、問題はそこではない。


 捕まった水戸浪士は想定内だが、直接的ではないにせよ、長州と水戸藩の同盟が関連しているのが問題なのだ。ここで幕府の目が長州に向かったなら、長州征伐の名目になるかもしれない。


 この丙辰丸(へいしんまる)の盟約(水長盟約)は次郎が現代の歴史知識で知っていた事と、密偵活動で知り得た事である。





 御大老様襲撃されりとの知らせを聞き及び候得共(そうらえども)(聞きましたが)、ご無事にて安心いたし候。詮議にて首謀者明らかになりたると(いえど)も(なったとしても)、よくよく吟味の上で処せられますこと、ここに上書(提案・建言)いたし候。





 幕閣に対してこう上書した次郎は、国許の純顕に対しても電信を送った。





 発 次郎左衛門 宛 丹後守様(大村純顕)


 御大老様 襲撃されどもご無事なり 下手人は水戸浪士なれども 毛利家中と盟約あり 権中将様(毛利敬親)へ ご注意喚起をお願い致し候。





 ちなみに大村電信公社がすべての電信を送受信していたが、機密性の高い電信は暗号で送信されている。


 電信の利用頻度が増えるにつれ単線では不都合が生じ、待ち時間も増えてきたため、藩庁のある場所には中継局を置き、複数の電信機と複数の電線の敷設を行っていた。


「はあ……これでなんとかなるか。ロシアとの交渉前にこれ以上もめ事起きないでくれよ」


 ため息とともに口から出た独り言が終わる間もなく、次郎の元に再び電信が届いた。





 発 京都留守居役 宛 蔵人様


 洛中(らくちゅう)ならびに宮中および朝廷にて 破約攘夷の気運高まれり





「はああああああ?」


 今度の叫びは予想外の叫びであった。


 なんでだ! なんでこうなった? 岩倉さんや太閤(たいこう)さんは……対馬の件がねじ曲がって伝わってんのか? それとも反対派が誰かにそそのかされた?


 あ! もしかして清河八郎か?





 発 次郎蔵人 宛 岩倉様


 破約攘夷の風潮ありと聞き及び候得共だけど 破約はいたずらに外国の信を失うだけに候間(そうろうあいだ)(なので) 何卒よろしく御願い申し上げ候





「くそう! どいつもこいつも! どこもかしこも! くそったれ!」


 吐き捨てるように叫び、深呼吸して次郎は息を整えるのであった。


 



 ■二月十一日(3/11)


 和宮の降嫁の行列は2万6千人に膨らみ、江戸の清水御殿まで約540kmにわたって清めの砂が敷き詰められた。

 

 道中の各宿泊所では畳を新調し、上段の間、床の間、(ふすま)などはすべて塗り替えられ、襲撃防御のために畳表の下には真綿二貫匁が入れられたのだ。


 いわゆる世紀の大イベントであったわけだが、その婚儀が旧暦2月11日に執り行われた。行列の様相から想像できるような盛大なものであったが、幕府がこの降嫁に対して並々ならぬ決意をもっていたことがわかる。





「婚儀とは本来めでたいものであるが、日本のことを思えばめでたくもあろうが、和宮様には……オレも言いたくないことを言ったもんだ」


 次郎はそばに控えていた助三郎にもらした。


 将軍家定の奥であった天璋院と和宮は嫁と姑で険悪な仲だったと言うが、現在とは比べものにならないくらいアウェイである。


 自分で伝えたものの、やはり次郎の心には、何か引っかかるものがあった。





 ■二月十七日(3/17) 箱館


 新暦の3月とはいえ箱館はまだ寒く、日中でも10℃に満たない。温度計を見ると7.5℃である。


 交渉に向かう次郎と外国総奉行の川路左衛門少尉聖謨さえもんのしょうじょうとしあきらは、箱館奉行所内で打ち合わせをしている。奉行の竹内下野守保徳も同席していた。


「さて、此度(こたび)のロシアの出方でございますが」


 3人は石炭ストーブを囲んで円卓となっており、次郎が話し始めた。


「御二方、川路様と竹内様は如何(いかが)お考えでございましょうか」


 次郎は現時点での2人のロシアに対する見解を確認する。それを聞いた上で持論を述べ、ロシアとの交渉に臨もうというのだ。


「ロシアの態度は露骨過ぎる」


 川路聖謨が切り出した。


「樺太での強引な行いに先の対馬事変、一連の()きつけるかのような行い。明らかにわが国の国力を試しておるのでございます」


 竹内保徳がうなずきながら続ける。


「然様。某も同じ考えにございます。然れどここで強硬に出れば、かえって攘夷派の考えに同じるとして、その主張に根拠を与えることにもなりかねませぬ」


 次郎は2人の意見を静かに聞いていた。


 確かにその通りである。しかし、ここで一歩引けば、ロシアの南下政策を止めることはできない。


「御二方の仰せの通りにございます。然りながら国内につきましては、これは攘夷に非ず、何故(なにゆえ)に敵艦を沈めたのかと、御公儀の命で公に天下に示すのでございます。隠せば隠すほど噂が噂を呼び、よからぬ騒ぎの元となりましょう」


「では蔵人殿、如何(いか)に示すのでござろうか」


 次郎の発言に聖謨が聞き返した。


「然れば、ロシアは対馬を侵さんと致したが、これは許されざる仕儀にて退けた。然れどもロシア国の全てがすなわち悪という事ではない。同様に、悪しき行いに対しては毅然(きぜん)として処さねばならぬが、未だ行われざるものをむやみに退けるべきではない、と」


 次郎は要するに、ロシアは我が国の主権の侵害という国際法上認められない行いをし、これは日露領土主権条約に抵触する行為でもあるため、しかるべき処置をしたまでの事だというのだ。


 イギリスは無関係で、オランダ・フランス・アメリカも全く関係がない。害なすものでないものを、退けるべきではないと言う意味である。


「うべなるかな(なるほど)」


 保徳が腕を組んでうなずいて続ける。

 

「これは単なる攘夷ではなく、国際法に基づく正当な対応であったと。となれば、志士たちの主張とも一線を画すことができましょう」


「然にそうです。川路様、そうお幕閣の皆様方にお伝え願えますでしょうか」


「あいわかった」


「つづいてロシアが強き態度できた場合と、そうでなない場合の処し方にございますが」

 

 次郎は地図を指しながら続けた。

 

「某はこの機に樺太の件をふまえて、我が国の主権と権益を明らかにいたしたいと考えております。つまりは明らかなる国境の策定にございます」


「然れど」


 と聖謨が口を挟んだ。

 

「ロシアがそう簡単に応じるとは思えませぬが」


「然に候、ゆえに二通りの考えがいるのです。ロシアが強く出てきた時は、それこそ国際法と日露領土主権条約に照らし合わせ、そこで英仏列強の口添えのもと、こちらの正義を通すのです」


 その言葉に2人はうなずく。


「して、そうでなかった場合には?」


「それこそドア・イン・ザ・フェイスでござるよ!」


「ど、どあいんざ……?」


 次郎はこの緊張した雰囲気をやわらげようと言ったのだが、保徳は面食らっている。


「蔵人殿、われらは貴殿ほど蘭語(らんご)(オランダ語)に秀でてはおらぬのだ。お手柔らかに頼みます」


 聖謨の一声で場が和む。





「さて、休憩といたしましょうか。明日までまだ時があり申す。じっくりと練りましょうぞ」


 そう言って温かい飲み物と茶菓子を用意させる次郎であった。





 次回 第279話 (仮)『日露交渉初日、強硬? 穏健?』

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