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第239話 『兵備輸入取締令(へいびゆにゅうとりしまりれい)と大浦・小曽根商会の横浜・箱館支所』

 安政六年九月二十六日(1859/10/21) 


 次郎はこれを予見していたのだろうか。


 大村藩がオランダに最新軍艦を発注し、しかも鋼鉄艦を発注した直後に、幕府から全国の諸大名に以下の法令が発布された。





『兵備輸入取締令』


 ・いかなる諸大名、またはその家臣が外国より軍艦、武器、弾薬、その他の軍備を購入する場合、幕府の()()を得ることを義務とする。


 ・諸大名は、軍備の購入を希望する際には、幕府老中へ具体的な品目、数量、目的を記し、事前に申請しなければならない。老中は諸大名の申請内容を審議し、必要と認めた場合のみこれを許可する。


 ・許可はあくまで幕府の判断に基づき、国内における軍事力の均衡を保つことを旨とし、必要に応じて拒否または制限する場合がある。


 ・本令に違反し、無許可で軍備を輸入した場合、その行為を厳重に取り締まり、当事者には没収および謹慎等にて処罰する。特に悪質な場合は、その領地の減封の可能性もある。


 ・上記法令は他意あるものではなく、あくまで国内の秩序維持の為である。外国との条約締結がなり、打払い令や薪水給与令の頃とは変わり直接の脅威も減ったため、日本国の武備に関しては幕府が行い、諸藩はその補助に努めていただく。





 鋼鉄艦を注文したというのとは、少し意味合いが違う。


 鋼鉄艦は1858年にフランスが世界初のラ・グロアールを起工し、59年(今年)にはイギリスがウォーリアを起工している。しかしこの鋼鉄艦に関しては軍事機密である。


 ただ、文久二年(1862年)に幕府が開陽丸をオランダに発注した際には鋼鉄艦を薦められているので、3年後には製造可能になっていたと言う事だ。


 だから次郎は、製造可能になった段階で設計をし、起工してほしいと頼んだのだ。もちろん、その時点で設計図も送ってもらう。前回と同じように国産も試みるのだ。





「然れど、大変な事になりましたなあ」


「然様ですな。然りながら、各家中も禁じられた訳でもなく、打払い令や薪水給与令を行っていた時分とは違って、備えるべき外国と条約を結んだのです。公儀の言っておる事も、あながち間違ってはおりませぬ」


 海軍奉行の江頭官太夫が次郎に問うと、想定内だと言わんばかりに次郎は答え、続けた。


「然りながら我が家中は、すべてにおいて先んじていなければならぬのです。鋼鉄艦の儀もしかりにございます。この法度が知らされる前の発注にござるし、もし難癖をつけるようならば、表向きはオランダの船で大村家中が供与されるという形をとればよいのです」


 次郎の言葉を聞きながら官太夫は眉をひそめ、慎重な表情で問い返す。


「うべなるかな(なるほど)。さすがは次郎殿ですな。先見の明がある」


「いやいや、此度(こたび)はたまたまにござるよ」





 実際のところ、大村藩にはまったく影響がない。

 

 軍艦や大砲も、小銃をはじめとした何もかも、自前で調達できるのだ。最新型に関しては、定期的にオランダと技術交換を行い、欧州の最新技術も随時導入できるようにしていたからだ。





 ■長崎 大浦屋


「さあて、横浜と箱館をどうしようか……六ちゃんはどうするの?」


「お慶さん、六ちゃんはやめてくださいよ。子供じゃないんだから」


「あはははは、私にとっては六ちゃんはいつまで経っても六ちゃんよ」


「まいったな、もう……」


 長崎の大浦屋にての一幕である。大浦慶と小曽根乾堂は次郎の親友で、小さい頃から交友があり、大村藩の御用商人でもあった。


「そうですね。石炭に関しては九州で産しますから、これまで通り長崎が主となりましょう。売り買いも清国の上海で盛んに行われているようですからね」


「そうね。お茶やその他の俵物も長崎で問題ない。ただし、これまで長崎で売っていた畿内や東海、そして関東のお茶、生糸は横浜に拠点を移した方が利益がでるわね。間違いなく……神戸が開港したらまた別だけど」


 お慶は地図と帳簿を見比べて言った。


「はい、土地の買い入れのみをやっておりましたから、安政の地震の際は害はありませんでした。次郎様の先見の明は、すばらしいです」


「おかげで横浜も一番いい立地で商館を建てられそうだし、駿河は駿河で、公儀が金を出して折半という話もでているみたい」


「然様でございますか! いずれにしても、当面は長崎と横浜で行い、ゆくゆくは箱館、そして神戸に新潟と広げていきましょう」


「そうね」


 これまでは次郎を含めたお慶や乾堂の行動と幕府の関係はなかったが、これから広大な関東の天領での殖産興業を、大村藩の力をもって一気に成し遂げようというのが幕府の狙いであった。





 ■海軍奉行所


「あ!  こりゃあー御家老様!  ようよう(やっと)会えちゅう!」


 坂本龍馬である。


 その姿は相変わらず無頓着な着物姿で、手を振りながら大声で挨拶を送る。隣には、龍馬とは全く異なる、武家の気品を(まと)った男が立っていた。


「ば、馬鹿!  龍馬!  何を手え振っちゅうがか!  これは、とんでもないご無礼をいたしました!」


 彼は急に慌てて、深々と頭を下げた。

 

「某、土佐山内家中、後藤象二郎と申します!  ご無礼の儀、平にご容赦いただきますよう、お願いいたします!」


「ははは、これはまた正反対の二人じゃな」


 次郎は笑みを浮かべながら、二人を見比べた。龍馬の陽気さと象二郎の礼儀正しさがあまりに対照的で、思わず顔がほころぶ。


「よいよい、気にするでない。龍馬、久しいな。もう五年になるか」


 龍馬は、軽く笑みを返しながらうなずいた。周囲の風景を楽しむように眺めつつ、少し体を揺らしている。


「はい、横浜以来にございます。御家老様も息災にございますか?  なにやら賊に襲われたと聞き及んじょりますが」


「大事ない。まあ、思い出したくはないがの……」


 次郎は少し視線を落としたがすぐに顔を上げ、二人に視線を戻す。


「それより如何(いかが)した?」


 龍馬はすぐに元気よく声を張り上げた。


「はい、軍艦、それも蒸気船が欲しいがです」 


「ば、ばか龍馬!  そがいな突然に!」


 象二郎はその言葉に驚きて慌てて制止しようとしたが、次郎は少し笑みを浮かべ、龍馬から象二郎の方に向き直る。


「ふむ、軍艦のう……。象二郎、と申したか」


 次郎はその名を口にしながら、象二郎の武家としての品格を確かめるようにじっと見つめた。


「これは東洋殿、土佐守様、いずれのお考えか?」 

 

「は、東洋様の御発案にて、我が殿が承認し、某が名代として伺いましてございます。然れど正しくは軍艦ではなく、荷船にございます」


 象二郎は一瞬身を正し、再び深く頭を下げた。


 その言葉を発する象二郎の表情には緊張が漂っているが、次郎はそれを軽く受け流すようにうなずく。


「ふむ、では象二郎、年下ゆえ象二郎と呼んでも構わぬか?」


 次郎は象二郎の緊張を解くように、和やかな口調で問いかけた。


「無論にございます」


 象二郎は少し安心したような表情を見せるが、すぐに背筋を伸ばし直す。


「然様か、では立ち話もなんであるし、参ろうか」


 次郎は手招きをして二人を執務室へ招いた。





 次回 第240話 (仮)『土佐藩軍艦? 商船? 購入と取締令のその後』

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