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第237話 『布衣ならよかろう。または六位のいずれか』

 安政六年八月三日(1859/8/30) 京都 鷹司邸


「大変光栄な仕儀にございますが、諸般の事様を鑑みまして、主君丹後守様(いわ)く、慎んでお断り申し上げたいとの事にございます」


 次郎は京の鷹司邸にて、先日掴んだ情報による純顕(すみあき)の昇進と自分の叙任を丁重に断った。もちろんまだ噂の段階であったので、先に手紙でこういう噂を聞きましたが、もし本当であれば~という前置きをした上で、である。


 鷹司政通と岩倉具視は顔を見合わせている。


「次郎殿、その判は何故(なにゆえ)にあらしゃいますか。いまだお上には奏上いたしておらぬが、朝廷としては、そもじら(あなたたち)の功を正しく評して報いたいと考えておりましゃる」


 鷹司政通が静かに口を開くと岩倉具視もつづく。


「然様でありましゃる次郎さん。その働きめざましく、誰もが認める功であらしゃいます。それを受けぬとは、何か思うところがあらしゃいますのか」


「光栄の至りにございます。()れど只今(ただいま)の御公儀による日本を統べるしくみにおいては、一介の陪臣たる私への叙任は、様々なる方へ大いに名残を(影響を)生じる恐れがございます。それゆえ……」


 次郎は丁重に頭を下げながら答えた。


 従五位下といえば大名クラスである。異例中の異例であり、次郎が言うように各方面に波紋を呼び、敵を作りかねない事案なのだ。


 ふふ、ふふふふふ……。


 政通、岩倉どちらからともなく笑いが起こり、次郎はきょとんとする。


「……如何(いかが)なされたのですか?」


「次郎さん、その心配はありません。実は次郎さんと入れ違いで、傳奏(でんそう)の坊城俊克様がお見えになっていたのです」


 次郎の問いに岩倉が答えた。


「傳奏……あの、武家傳奏にございますか?」


 武家傳奏とは、京都の治安維持と朝廷を監視する名目で置かれた京都所司代と朝廷との連絡役であり、禁中並公家諸法度ではその命令は絶対であった。


「然様、その坊城殿がその文を持ってきたのでありましゃる」


 その書状にはこう書いてあった。


 ・幕府の慣例にない事であるが、アメリカ・ロシア・イギリス・フランス・オランダとの交渉において、和親条約ならびに通常条約において日本の国益を損なうことなく、妥協点を見いだし締結したこと。


 ・安政の地震の際の救済活動。


 ・幕政において、その本質的なところに関与するのではなく、国益のために行動している点。


 ・種痘の普及並びにコレラのまん延防止。


 以上の功績により、純顕を従四位下、次郎を六位相当の官位に叙任すべきである。





「こ、これはいったい……」


 次郎は突然の事で状況が良くのみ込めない。まさかあの井伊直弼がこれを命じたのか? いや、何か魂胆があるのではないか? そうに違いない。


 次郎の頭の中では様々な可能性が渦巻いている。


「次郎殿、そもじの戸惑う気持ちもよくわかりましゃるが、それが所司代からの、公儀から傳奏にて達せられたのでありましゃる。これを断れば、それこそ朝廷と公儀の間に溝が生まれましゃる」


「然様。麻呂達は次郎さんを従五位下と考えておりましたが、そうなれば大名と同格となると考えたのでしょう。旗本と同じ六位に任じる事で他からの不満を抑えようとの考えたのではありませぬか。何故に公儀が斯様(かよう)な仕儀を申し出てきたかはわかりませぬが、ともかく何も案ずる事はありません」


 政通の後に岩倉が続いた。


 幕府の狙いとしては叙任の件は朝廷だけが提案したのではなく、幕府も次郎に対してなんらかの処遇を考えており、あくまで幕府が命じたという体にする事であった。


 そうする事で朝廷の意図を損なう事なく幕府の権威を保ち、決して朝廷を軽んじている訳ではなく、尊王の考えがあるというスタンスを表明できるのだ。


 条約調印が違勅であるという勢力をなだめることもできる。


 譜代の幕臣や大村藩内の同じ家老、または他藩の同じ格式の者からの不平不満は、これはあくまで特例中の特例であり、次郎と同じような、またはそれ以上の功績を残した者がいるか、という論陣で納得させる。


 水戸徳川の親子、一橋慶喜、松平春嶽、尾張徳川、山内容堂、伊達宗城などの反発があれば、罪一等を減じた事で相殺であろう、とも言える。


 斉彬にいたっては京都挙兵の話があり、実際に幕府の目付からの報告もあったが、次郎の奔走で事なきをえた。その件も斉彬に対しては不問に処している。


 史実では安政の大獄を行った井伊直弼であるが、今世では考えられないほどの行動であった。


 それも、大村藩の技術を吸収するためである。


 襲撃事件の真相を、罪一等を減じる事で公表しないとした次郎への懐柔ではないが、内なる感情を和らげようとする考えもあったのかもしれない。





「委細承知いたしました。仰せの儀、慎んでお受け致します」





 ■江戸城


「そうか……苦渋の判ではあるが、致し方あるまい。これで幾分かやりやすくなったわ。豊後守(小栗上野介になるまえの官職)、ではお主の言に従い、改革を推し進めるとしよう。亜墨利加に遣わす使節にお主も入る故、支度もせねばなるまい」


「は、そこはつつがなく進んでおります」


「まずは何からせねばならぬのかの」


 1. 遣米使節団の充実:使節団の構成を再検討し、外交・軍事・科学技術に精通した人材を参加させる。これにより、アメリカの最新技術や制度を学び、幕府の近代化に活かす。


 2. 財政基盤の強化:関税収入の効率的な管理と、新たな財源を開拓する。具体的には天領での産業振興や、特産品の開発など。


 3. 軍事力の近代化:大村藩の技術を参考に、また欧米(特にフランス)からの技術導入を図りながら、幕府軍の装備や訓練を刷新し、特に海軍力の強化に重点を置く。(造船所・製鉄所等)


 海軍・陸軍ともに大村式・フランス式・イギリス式で選択、もしくは折衷案を出す。


 4. 教育改革:洋学を基盤とした新たな教育機関を設立し、幕府のために活躍する人材を育成する。また、既存の幕臣にも西洋の知識を習得させるため、大村藩から講師や技師を招き、さらに仕官させる。


「これらの事を並行していかねばならぬと存じます」





 ■某所


「おのれ掃部頭(かもんのかみ)め、おのれらのせいで我が同朋(どうほう)は死んだのだぞ。それをあろうことか、敵に官位を与えるとは何事だ! 異国かぶれが開国を推し進め、性根まで腐りおったか」


「この上は事を起こさねばなるまい」


「然れど如何いたす? 同志は集まるであろうが、武器は」


「なに、斯様な事もあろうかと、余分に用意しておったのよ。相手が肥前の田舎侍から掃部頭に代わるだけじゃ。攘夷(じょうい)の敵、わが同朋の恨みをはらしてくれよう」


「応!」





 次回 第238話 (仮)『遣米使節』

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[一言] 主人公、ついに冠位を押し付けられる 下手な大名よりも高い位階になってしまった 幕府は優秀な将来の幕閣候補を咸臨丸でアメリカに派遣する準備と そして桜田門外の変のフラグが見事に立ったか…
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