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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
エピローグ
62/62

世界一幸せな笑顔を



「うおおっ! やった!」

「何々、幸。女の子が出すような声じゃないんだけど」

「声大きいよ。幸」



 葵と優に白い目で見られながら、私は立ち上がってガッツポーズを決めた。



「推薦、合格! 合格したんだよ!」



 そう私が言うと、二人は顔を見合わせてから私を見て、「おお-」と驚いて声も出ない見たいな顔をして拍手をしてくれた。それから「よかったじゃん」、「頑張ったかいあったね」と後付けのように褒めてくれた。先に推薦合格した二人に取り残されながら、私もようやく合格を掴んだのだ。

 本当は共通テストまで頑張るつもりだったけど、死にものぐるいで勉強をした結果内申点が上がり、どうにか推薦枠に滑り込むことが出来たのだ。後は、学科の試験だったり、面接だったりと兎に角練習した。お母さんと話し合って塾も行き始めたため、この数ヶ月で私の成績は驚くほど上がったのだ。そうして、合格を掴んだ。



「幸、合格したのか?」

「うん、幸太郎。合格したんだよ!」

「へえ、あの幸がねえ」



と、のらりくらりとやってきた幸太郎が私を見るなり嫌みったらしく言った。今の私には、何を言っても褒め言葉と、私は胸をはる。



「まあ、よかったじゃん。おめでと」

「ありがとー。あ、私も言い忘れてた。幸太郎もおめでとう」

「お、おう」



 幸太郎は、先週合格を貰っていたのだが、話すタイミングがなくて合格おめでとうを言えなかったのだ。周りには幸い、まだ受かっていない子がいなかったため大きな声を出しても白い目で見られなかったのだが、共通テストや受験を控えている子の前でこれをすると先生に「周りを見なさい」と怒られる。当たり前だ。私達は受かったけれど、まだ必死に夢に向かって努力している子がいるからだ。それを私達は胸に刻んでいないといけない。



「それはそうと、その合格通知持って海沢さんの所行くんでしょ?」

「うん。勿論! まあ、受かったのはいいけど、大学は行ってからが本番なんだけどね」

「幸凄いねえ。先のこと考えてるなんて」

「そりゃあ、私も大人になりましたから!」



 私は、小さい胸をはってそう言った。三人は「幸らしい」みたいな顔をして笑っていた。大学は葵も優も、幸太郎も違うところでバラバラになってしまうけど、高校を卒業してからも連絡を取り合いたい友達だと思った。

 そうして、ホームルームのチャイムが鳴って午前午後と授業を受けた後、私はその足で病院に向かった。病院に向かうバスの中で、合格したということをお母さんにメッセージで送れば、仕事中だろうに既読がつきおめでとう、と飛び跳ねた白い兎のスタンプが送られてきた。お母さん似合わないスタンプだ、と思いつつそういえば、私も使っていた気がすると同じものをつかっていたことに気がついた。



「おっかしい」



 私はメッセージを読み返しながら、一人バスの中で笑っていた。お母さんとのメッセージ欄には、今度お父さんとファミレスに行くというメッセージが表示されている。

 バスは予定通り、病院に着き私はバスから飛び降りて四葉さんの病室に向かった。最近は受験のこともあってこれていなかったため、久しぶりに四葉さんと顔を合わせることになる。この間顔を合わせたのは数ヶ月前だろうか。

 私の顔、忘れていないよね? 何て気にしつつ、四葉さんの病室の前に到着した。途中で莉奈さんとすれ違い「幸ちゃんのこと待ってたわよ」と微笑みかけて貰った。莉奈さんとも連絡を取っていて四葉さんの事を教えて貰っていた。そうして、受験が終わり次第田代店長のお店でバイトをすることも、田代店長と話し合って決めた。一度、受験が始まる前ぐらいにシフォンケーキの作り方を教えて貰った。今日は鞄の中にそのシフォンケーキを入れてきている。授業中匂いが漏れ出して、食べたい気持ちをグッと抑えながらここまで持ってきた。気温も高くないし、腐ってはいないだろうけど……と心配もしながら。



「ふう……よし」



 私は深呼吸をしてから、病室の扉を開ける。扉の向こうは真っ白で殺風景な部屋が広がっている。そこに、私の恋人がいた。



「ありがとう。今日もきてくれて」



と、四葉さんは渡しに微笑んだ。その優しい笑みにドキリとしながら、私は頬見返す。



「きょ、今日もって、この間きたの何ヶ月前だと思ってるの?」

「そうだったかな。ちょっと、ボケ始めちゃったかも」

「その年で?」

「うん」



と、四葉さんは終始笑顔で答えてくれた。


 私は、花瓶が置いてある机にシフォンケーキを置いて椅子に腰掛けた。



「具合、どう?」

「悪くはなってないよ」

「よかった……寂しくなかった?」

「幸が連絡くれるからね。それに、莉奈さんが幸の話一杯してくれるから」

「莉奈さんが?」

「うん、莉奈さんが」



 仲良くなったとはいえ、莉奈さんには数ヶ月前までは泥棒猫呼ばわりされていたのに、驚きが隠せない。

 私は、楽しそうに語る四葉さんの話を相槌をうちながら聞いていた。



「そうだ。幸、受験どうだった……?」

「あっ、そう、それ! それをいいに来たんだった。四葉との話が楽しくて忘れるところだった」



 四葉さんに言われて私は今日来た目的を思い出した。

 ネットで合否が確認できるため、私はスマホのロックを解除して、自分の受験番号を拡大して見せた。



「じゃん。合格しました!」

「凄い、よかったね。幸。おめでとう」

「ありがとう、四葉。これで、夢に一歩近づけたよ」

「そっか、よかった」



 四葉は笑う。


 少し哀愁帯びたその笑顔を見ていると、消えてしまいそうだなと手を伸ばしたくなった。四葉さんは悪化こそしていないものの、奇病が完治するわけでもなく、ずっと入院している。前よりも元気そうに見えるが、身体の方はよくないらしい。来年の桜が見えるかどうかも分からないとか言われている。本人はそんなことを感じさせないぐらい元気そうに見えるのに。きっと無理をしているんだろう。

 でも、私は四葉さんとあの日選択した。

 どんな風になっても、二人でいようと。四葉さんが幸せに埋もれて息を引取っても側にいるからと。それまで沢山の思い出をつくって幸せになろうと二人で選択した。

 だから、私はこの現実を受け止めている。四葉さんも勿論納得して、自分で選んだ道だった。



「幸?」

「何? 四葉」

「辛くない?」

「何で?」



 四葉さんからの突然の質問に私は首を傾げた。どうしてそんなことを聞くのかとみていれば、四葉さんは申し訳なさそうに頬をかいた。



「何だか、幸に無理させちゃってる気がして。幸の家からここ遠いし、大学も……」

「ううん、大学は自分で決めたの。四葉に出会って、奇病のことしって。全然そう言うの知らなかったし、目も向けてなかった。けど、世の中にはそうやって苦しんで誰にも言えない人がいるって気づいて。だから、そういう人達に寄り添いたいって、その人達の言葉に耳を傾けてあげたいって思ったから。だから、四葉が私に選択させたんじゃないよ。これも、私が選んだの」

「それならいいけど……」



と、四葉さんは少しくらい顔になった。


 私が無理して言っているとでも思っているのだろうか。そう思って、私は四葉さんの手を握った。四葉さんの顔がゆっくりと上がって、私を見つめる。



「私は幸せなの。四葉に出会って、四葉の恋人になれて。だから、今度はその幸せを私が皆にお楚々分けする番なの。辛いに一本たしたら幸せって言う漢字になるように、誰かに手を差し伸べてあげたい……なんて、大それたこと言ってるけど、そんな簡単じゃないって分かってるから。でもね、やるって決めたの」

「幸……」

「四葉は、私の恋人でよかったって思ってる? ほ、ほら、私あの時強引に迫っちゃったから」

「あー」



 四葉さんは懐かしむように声を漏らした。

 出会いは本当に偶然で、運命だった。今でも鮮明に思い出せる。

 四葉さんは、私と同じように回想した後、にこりと微笑んだ。



「うん、幸せだよ。幸に出会えて、幸の恋人でいつづけることが出来て。凄く幸せだよ」

「四葉」

「幸、ありがとう」



と、四葉さんは私の手を握り返した。


 自分より大きくて、少し頼りない温かい手に私の心まで温かくなった。少し痛そうな顔をした四葉さんは、奇病の症状が出ているんだろうなと察しがつく。でも、四葉さんは笑顔を絶やさなかった。

 だから私も笑う。彼の痛みが和らぐように。私が彼の幸せの痛みを上書きできるぐらいの幸せで包めるように。



「私こそありがとう。四葉。私、今すっごく幸せだよ」



 貴方を愛せてとても幸せ。

 そう私は四葉さんに伝える。



「そうだ、シフォンケーキ持ってきたんだった。切り分けるから食べよう」

「シフォンケーキ? 幸が作ったの?」

「うん。まあ、手伝って貰っちゃったけど」



 四葉さんは、目を見開いて言った。

 私は誇らしげに帰して、シフォンケーキを取りだした。メープルの甘い香りが病室に広がる。それを丁寧に切り分けて四葉さんの前に出した。四葉さんは震える手でフォークを握ってシフォンケーキを口に運んだ。食べるなり「甘い」と声を出して、ゆっくり咀嚼した後、「美味しいよ」と笑ってくれた。



「でしょ。今度は一緒に作ろう!」

「うん、幸。そうしよう」



 そう言って私達は未来の約束をする。

 未来は簡単にはみえないけれど、画くことも作ることも出来るものだと知った。

 私の隣には大好きな恋人がいる。

 今日も私はこの幸せを噛み締めて生きていく。明日も明後日も、辛いことがあっても、絶対に幸せは訪れると信じて。



「四葉、約束だよ」



 私は、世界一幸せな笑顔を恋人に向けた。






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