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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
第1章 幸せな出会い
6/62

05 困惑

◆◇◆◇◆



「……え」



 思わず声が出てしまった。

 目の前のツインテールの少女は、爛々と目を輝かせて僕の手をつかんだまま離さなかった。そして、僕はもう一度彼女に言われたことを頭の中で繰り返す。



(つき、付き合って? それって、恋愛感情的な、そういうこと?)



 きっとこの子の言う「付き合って」は、そういう男女間の恋愛関係になろうということだろうと、ようやくさえてきた頭がいう。でも、彼女は見る限り高校生だし、僕は一応一八歳を超えて、仕事をしているから社会人ということになる。それは、結構まずいんじゃないかと頭の中で警鐘が鳴っていた。

 でも、この子の期待している目を見ていると、断るのに良心が痛みそうだった。



「……ええと、お客様。気持ちはありがたいですが、今は勤務中でして」

「じゃあ、お仕事終わるまで待っているので!」

「ええっと」



 少女はぎゅっと僕の手を握りしめた。僕の手よりも一回りも、二回りも小さな暖かい両手に包まれて、僕はその場を離れることが出来なかった。どうにかやんわり断って、注文を田代さんに伝えに行かないといけないのに、この子が離してくれなさそうだったからだ。



「ちょっと、やめなって幸」

「そうですよ。やめた方がいいと思います。幸」



と、彼女の友人と思しき二人がファインプレーを見せてくれる。ただ、彼女たちは焦っているというか、呆れているというか、微妙な顔をしており、これが初めてというわけではないようだった。じゃあ、きっと気まぐれだろうと僕はにこりと微笑む。



(一回も、そんな春は来なかったし、きっとこの子の気まぐれなんだろうな……)



 自分で言っていて悲しくなりつつも、期待も何も初めからしていなかったため、スッと僕は彼女から手を離した。名残惜しそうに、彼女は僕を見上げる。



「連絡先だけでも」

「すみません、そういうのはちょっと」

「じゃあ、何回もここ来ますから!」



 手は離してはくれたが諦める気はさらさらに内容だった。本当にどうしたものかと悩んでいれば、厨房から田代さんがやってきた。



「どうしたの?」

「ええっと、いえ、何でも……」

「あの! 店員さんのご、ご家族の方でしょうか!」

「え?」



 さすがの田代さんも、彼女の発言には面食らったようで、目を丸くして口を開いたまま、固まってしまっていた。彼女は、周りの目を気にする様子もなく、もう一度田代さんに「ご家族の方でしょうか」と繰り返していた。田代さんと僕が兄弟に見えているのか、兄弟に相談すれば、もしかしたら許してもらえるかもしれないと思っているのかもしれない。でも、残念なことに田代さんは僕とは一切血のつながっていない、バイト先の店長だ。ただ、兄弟のように優しくはしてもらっているが。



「海沢くん、どういうこと?」

「えっと、田代さん……かくかくしかじかで」



と、こっそり僕は田代さんに今の状況を伝えた。すると、田代さんはぷっと吹き出して目じりに涙を浮かべていた。



「そうか、海沢くんにもようやく春が来たか」

「笑い事じゃないですって……もう」



 冗談なんだろうと思うけど、田代さんはよかったな。と背中をバシバシたたいていた。僕の見方をしてくれる人はいないのかと肩を落としていると、田代さんがスッと僕の前に出て小さく彼女に頭を下げた。



「すみません、お客様。うちの店員が」

「え、ええと、えっと」

「ご注文承りましたので、すぐおつくりしますね」



と、笑顔の圧をかけて、田代さんは僕の腕を引っ張った。


 彼女はあっけにとられていて、何も言えなかったようで、ポカンとその場に取り残されていた。



「よかったんですか?」

「何がかな? 海沢くん」

「……一応、彼女は高校生みたいですし。心の傷が出来たら」

「大丈夫だって。でも、今の子はませてるねえ。でも、高校生じゃなかったら、海沢くんがいいっていうなら、付き合ってあげてもよかったんじゃないかな。彼女、いい子そうだっただろ?」

「そういう、ものなんですかね……」



 田代さんの人の好さにあてられつつ、僕は焼けたシフォンケーキを切り分けて真っ白な生クリームを上からかけた。その上に香りのいいミントと、粉砂糖を振るい、仕上げにメープルシロップを網上にかけた。



「まっ、また口説かれたら戻っておいで。海沢くん、カッコいいからモテるのもわかるよ」

「僕はモテませんって」



 田代さんに背中を押されながら、僕はさっきの子たちにシフォンケーキといれたてのコーヒーとオレンジジュースを持っていく。彼女たちのもとに戻れば、わいわいと何かを喋っているようでとても楽しげだった。



(……なんだか、羨ましいな)



 ぎゅっと胸が締め付けられるような感覚に陥る。それはきっと、僕が奇病のせいで、色々とあきらめてきたからだと思う。幸せを感じたら死に至る、そんな病を抱えて、皆と笑えるわけがなかったから。

 そう、一人暗い気持ちになりながら、お客さんの前では笑顔絵でいようと取り繕う。



「お客様、注文されたシフォンケーキと、コーヒー、オレンジジュースをお持ちしました」




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