11 覚悟
「聞いて欲しい話があるの」
「何々? 珍しいじゃん。幸から話があるなんて」
「そうだね。幸から相談……いや、珍しくはないかもだけど」
土曜日のデート、そして、日曜日の見舞いを経て月曜日。タイミングを見計らって、葵と優を呼び止めた。二人は、嫌な顔一つせずに私の話に耳を傾けてくれた。進級し、クラスが別れるかと思っていたけれど、そんな心配などなくて今年も三人一緒と奇跡のようだった。おかげで、今も楽しく過ごせている。因みに、幸太郎も一緒だ。
「それで、話って」
「四葉さんの事」
「おー、長続きしてるんだね」
と、葵も優も珍しいものを見たとでも言うように声を揃えていった。そんなに驚くことないじゃんと思いつつも私は、改めて二人に話すことにした。奇病と言うことは伝えていない。それは、個人情報、四葉さんにとって周りに聞かれたくない情報だと思ったから。
「四葉さん、病気なんだって。それで、長くないかもって」
「え……待って、凄い重い話」
「わ、私達にこんなこと相談しても大丈夫なの? 相手の許可とかは?」
「……それも考えた。でも、聞いて欲しかった。私もどう向き合ったら良いか分からなくて、本気で好きになったから、だからこそ最後までしっかり向き合いたいと思ったの」
私の気持ちを理解してくれたのか、葵と優は互いに顔を見合わせて頷いた。
奇病と言うことを逸らしながら話すのは難しいと思ったけれど、誰かに聞いて欲しかった。私は奇病患者じゃないけれど、あの女性のように誰かに話したら気持ちが楽になるとかあると思ったからだ。
そうしていると、「俺も混ぜろよ」と幸太郎がやってきた。
「ほんと、幸太郎君って幸のこと好きだよね」
「でもダメだよー、幸には恋人いるんだから」
「うっせ、知ってるし、フラれた」
と、幸太郎は隠すことなく言うと、空いている席の椅子をずるずると持ってきてどかっと座った。
幸太郎に告白されたのは、四葉さんの奇病カミングアウトの日だった。帰り道、ずっと好きだったと告白され、私は驚きのあまり言葉を失ってしまった。幸太郎は、私が四葉さんと付合っているのも知っていたし、何よりずっと近くで私の恋路を見てきたから、誰よりも私のことを理解しているはずだった。のにも関わらず、フラれると分かっていながら彼は告白してきたのだ。
本人曰く、ここで言わないと言うタイミングがなかったと言うこと。
私はちゃんと幸太郎の気持ちに向き合ったし、幸太郎がこれまでお節介を焼いた理由も、四葉さんに食ってかかった理由も分かって納得できた。ずっと、私を好きで見守ってくれていた人が近くにいることを、私は気づかずにいたのだ。目の前のことに集中しすぎて、葵や優のように側で支えてくれる人の優しさに気づかずにいた。
私は支えられて生きている、幸せ者なのだと気づかされたのだ。
「幸太郎君が早く告白してればなあ。ワンちゃんあったかも」
「ねえよ。此奴、俺のこと男としてすら見てなかったんだぜ?」
「いや、ちょっとは男だって見てたわよ。面倒くさい……」
「ああ?」
「何でもないわよ。話し続けたいんだけど、邪魔しないでよ」
幸太郎が、話しに混ざってきたのはいいがすぐにそれを逸らそうとしたため、私はぽかりと幸太郎の頭を殴った。幸太郎はいたそうにしながらも、その開いていた口を閉じた。
私は気を取り直して、二人と向き合った。
二人には、奇病のことは言わない。でも、幸太郎は知っているからそういう点を踏まえて聞いてくれるだろうと思った。
「それでね、四葉さん先が長くないかもって。この間のデートで倒れちゃって、それでどうすればいいかって分からなくなったの。前々から病気のことは聞かされていたけど、ここまで酷いなんて思ってなくて、想像できていなくて。私、覚悟が足りなかったんだって思った」
「幸はどうしたいの?」
「私が、どうしたいか?」
「言い方悪いかも知れないけどさ、先が長くないからって離れるのか、ちゃんと最期まで見届けるのかっていう話。覚悟が足りなかったって言うなら、今からでもその覚悟作ったら良いじゃん。確かにさ、重い内容だし、私もいきなりそんな話し聞かされたから、現実味が湧かないけど、幸は見たんでしょ?」
と、葵が言う。
目の前で弱っていく四葉さんを、倒れて白くなってしまった四葉さんをこの目で見たのは私だけだった。
葵や優、幸太郎は想像でしか考えられない。でも、想像して私の話を親身に聞いてくれて、考えてくれる。
覚悟。
軽い言葉じゃないし、普通に生きていたらそんな大事な覚悟を決めるのは手で数えるぐらいじゃないだろうか。
私は自分の手に視線を落とした。震えているその拳を見て、四葉さんが死んでしまうかも知れない未来に怯えてしまっていた。逃げたい気持ちも、見たくないって言う現実から目をそらしたい気持ちもある。でも、好きになった人をほったらかしにして逃げるなんて卑怯だと思った。
四葉さんは今まで私が気づかなかったことに気づかせてくれた。愛することが出来る幸せだけじゃなくて、周りの支えや、ちょっとずつだけど親との関わり方も。直接的ではないけれど、四葉さんに出会ってから変わったことは一杯あった。
だから、今度は私が四葉さんに何かをあげたい。そんな大それた事出来ないかも知れないけれど。
「ありがとう。葵、優。私頑張ってみる」
「それでこそ、幸」
「一途な女の子は格好いいですよ」
「おい、俺は?」
「幸太郎もありがとう。幸太郎には凄く迷惑かけちゃったし、本当に感謝してる。私の幼馴染みで居続けてくれてありがとう」
「お、おう」
幸太郎は、頬を赤く染めて頭をかいていた。そうやってちゃんとみれば、分かりやすい男だったなあと、自分がどれだけ気づかなかったのか、鈍感だったのか情けなくなってきた。
(愛されるってただ好きって言われることじゃないんだな。ただ隣にいてくれる、支えてくれる、話を聞いてくれる。それも幸せなんだ)
気づかなかった幸せを私は噛み締めて、もう一度四葉さんと向き合ってみようと、鳴り響くチャイムの音を聞きながら私は席に着いた。