07 理想の自分
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自分が理想のデートに近づけたか。自分が理想の恋人に近づけたか。
それは、僕が着ることじゃなくて、幸が決めることだ。
「四葉さん、待った?」
「ううん、今来たところ」
「何それ、恋人っぽい」
と、無邪気な笑顔を向けてくれる幸に思わず頬が緩んでしまった。
水族館デート当日。前のように、幸を待たせることなく先に待ち合わせ場所に行き経っていれば、時間ピッタリに幸が来た。今日は、全身緑を基調としたふんわりとした服に身を包んでいた。
「どう?」
「可愛いよ、幸。お花の要請さんみたい」
「何それー四葉さん言い方可愛い。でも、そうかも。今日は四葉さんの名前にちなんで、四つ葉のクローバーカラーにしました!」
そう幸は言うとくるりと回って見せた。
まさか、自分の名前である花をイメージしてコーディネートしてくるとは思ってもいなかったのだ。思わぬサプライズに僕は笑みがこぼれる。それと同時に、心臓がバクンと嫌な音を立てた。圧迫されるような痛みを感じながら、どうにか笑顔を取り繕う。
このデートが最後かもしれない。そんな予感がしていた。
(なら、欲張っても、いいよな)
少しぐらい欲張っても、神様は怒らないでいてくれるだろうと、僕は幸にお願いする。
「幸が、よければなんだけどさ。僕のこと、さん付けじゃなくて、名前で呼んでほしいな……なんて」
「えっ」
「ダメかな?」
そういうと幸は、首を横に思いっきり振っていた。せっかくセットしてきた髪の毛が乱れることも気にせずに、僕を見上げる。
「は、恥ずかしいから。さん付けになっちゃうかもだけど……四葉、が望むなら」
「幸っ」
見る見るうちにリンゴのように赤くなっていく幸を見ながら、僕の体温も上昇していくのが分かった。好きな子に、呼び捨てで呼んで貰えるだけで、こんなに嬉しいのかと。小躍りしたい気分だった。
僕はそんな興奮を押さえつつ、幸の手を取った。びくりと幸の肩が上下する。
「あ、ごめん、嫌だった?」
「いいえ、全然。びっくりしただけ。四葉の手、熱いなあって」
「そりゃ、幸とデートが出来るんだから。連絡した日から楽しみにしてた」
「私も!」
と、幸は手を握り返してそういった。
同じ気持ちだったんだと思うと、さらに嬉しくなってくる。それと同時に痛みもやってきて、幸せの板挟みになっていた。今なら、死んでもいいと思えるぐらい、幸せだった。
でも、このデートが成功しないことによっては、それが台無しになるかもしれないと思ったのだ。僕は、幸の手を引いて水族館の入口へと向かい、チケットを二枚入場口にかざした。その際、キャストさんに「可愛らしい恋人さんですね。デート楽しんできてください」といわれ、自分たちが周りから見ても恋人同士に見えるんだと、誇らしい気持ちになった。
それから、ゲートをくぐり、僕たちは海の中の世界へいざなわれる。
淡水魚のエリアから始まり、幸の背ぐらいあるオオサンショウウオを見たり、大きな水槽に大きなエイやサメが悠々と泳いでいる姿を見たり、アザラシが寝ている姿を見たりした。冷たいガラスの向こうにいる魚たちは、僕たちに見られていることも知らずに自由に泳いでいる。その自由さと色とりどりのうろこの鮮やかさを見ていると、言葉を失ってしまう。
幸も、目を見開いて水槽に張り付くようにしてそれを眺めていた。一番は、ペンギンのコーナーで目の前にまでペンギンが歩いてくるのだ。飼育員さんが現れれば、エサがもらえると理解しその短い足をぺった、ぺったと動かして歩いていく。その姿が愛らしかった。
「イルカのショー何て初めて見るかも。四葉、さ……四葉は?」
「僕も初めてだよ。水族館に行くのも初めて」
「じゃあ、初めてどうしかも!」
と、最前列に座って、僕たちはイルカのショーを見る。まさか、ここまで水しぶきが飛んでくるとは思わず、僕も幸もびしょぬれになってしまう。そんな互いを見て、指をさしながら笑った。念のため持ってきておいたタオルで体をふきつつ、お土産コーナーに行く。
掌よりも小さいぐらいの、クラゲのぬいぐるみキーホルダーがあり、幸がそれを二つ持ってきた。緑と黄色のクラゲは、何だか僕たちみたいだった。
「ペアルックとか、どうかなって思って。四葉と私の初水族館デート記念に」
「ペアルック、いい! 恋人らしい」
そう僕が言えば、幸は「恋人らしいじゃなくて、恋人です~」と口をとがらせていた。でも、その表情はやわらかいものだった。
それから、そのキーホルダーを自分たちが持ってきた鞄につけ、外のベンチで、クラゲ色ソフトクリームを並んで食べた。青色のソフトクリームで味は見た目とは違って普通のバニラ。でもそこに塩っけを感じた。甘さに紛れる辛さがちょうどよかった。
水族館にきて、早三時間以上たっている。そこまで大きくないけれど、二人であれ凄い、これもすごいと見て回っていた為、かなり時間が経っていたようだった。時間を忘れるほど楽しめたっていうことで、二人とも満足だった。
「幸、今日はありがとう」
「私の方が、お礼言いたいのに、それはずるいと思う!」
「何で?」
そう聞き返せば、幸は聞かなくてもわかるでしょ、と頬を膨らませた。
言ってくれないと分からないよ、なんて意地悪すれば、彼女の頬は風船のように膨らむ。
「だって、デートに誘ってくれたのは四葉で、四葉が私を楽しませてくれたんじゃん」
「僕は、幸といられるだけで幸せだよ」
「そういうのがずるいの。でも、本当に付き合ってくれてありがとう。私の恋人になって、隣にいてくれてありがとう。私、今とっても幸せ」
と、幸が笑う。
その陽だまりのような笑顔に僕は惹かれたんだろう。いや、出会った時からその純粋な笑顔に。
「幸、僕も――――」
僕も幸せだと、好きだと伝えようと立ち上がった時、ふらりと身体が横に傾く。頭を強く打ったのに、痛みを感じず、でも揺さぶられている感覚はあった。
幸の声が遠くに聞こえる。
「四葉、四葉さん!」
(幸……)
伸ばしたいと思って手に力を入れたが、全く僕の身体は言うことを聞かなかった。
そうして僕はそのまま意識を手放した。




