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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
第4章 幸せな未来
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05 自分が一番知っているはず

◆◇◆◇◆



 幸と出会ってから、スマホを必要以上に確認するようになった。


 友達からのメッセージを待ちどおしにする子供みたいに、通知が着たら一喜一憂、広告通知だったら肩を落とすみたいなことを繰り返していた。

 莉奈さんはあの後、デートの心構えや、アドバイスをたくさんしてくれて、それはもう有意義な時間を過ごせたと思う。本当に感謝してもしきれない。

 今度何か、お礼の品でも渡そうと考えながら、軽い足取りで部屋の中を動き回った。一人暮らしに十分な広さの家には、必要な家具遺骸何も置いていない。さすがにこんな殺風景な部屋に幸を呼ぶのはあれかと思って呼んでいないが、一度ぐらいは呼びたいと自分の中でやりたいことリストを作っている。

 まるでそれは、余命宣告された人のように、死ぬまでにやりたいことリストのようだった。でも、それに近いのかもしれないと僕は思う。

 自分の身体の不調には気づいたし、何より、最近身体を動かすのもやっとなぐらいだ。田代さんは無理しないで欲しいからとシフトを減らすよう言ってくれて、その言葉に甘えてシフトの数を減らした。それでも、バイト中眩暈や、牧家に襲われることはたびたびあって、休み、休みでしか動けなくなっていた。

 どれだけそれで心配と、迷惑をかけたか分からない。



「でも、続けられるなら、バイトは続けたいし」



 第二の我が家ともいえる、あのお店を離れるなんてことは考えられなかった。田代さんはお店がお休みの時に、シフォンケーキやコーヒー、紅茶の入れ方を教えてくれた。いつもはそこまで言ってこない田代さんだったが、最近は妙に積極的に教えてくれた。料理が苦手な僕にはわからないことだらけで、とてもじゃないがお店に出せるようなものは初めのうちは作れなかった。でも、だんだんと作れるようになってきて、形にもなってきた。

 味や、触感、そして見た目。全てに気を配ったあの田代さんのシフォンケーキには劣るけれど、自分なりに納得できるものが増えてきた。

 莉奈さんに家で振舞ったらとても喜んでくれた。今度は、幸に出してあげようと、もう少し研究しようと思う。お店の味に近づけた方がいいか、幸の好みに合わせてもう少し砂糖を増やした方がいい赤など、色々考えてしまう。

 そんな風に考えていると、待っていたスマホがピコンと通知音を響かせる。

僕は歩き回っていた足を止めて、スマホを手に取ってロックを開く。ホーム画面が表示されれば、そこには幸からのメッセージが着ているという通知が入っていた。

僕はすぐにそれを開く。

 画面には、白い兎が目を輝かせているスタンプが表示されていた。



「これは、デート、いってもいいよってことか。ことだよな」



と、自分の都合のいい解釈をしそうになって、僕は踏みとどまった。


 スタンプだけじゃ確信が持てないと、もう一度「どうかな?」とメッセージを送る。そうすると、今度はすぐに返事が返ってきた。



『いいですね。土曜日、水族館! 行きましょう!』



 その文面を見ただけで、飛び跳ねそうだった。自分の感情のコントロールは得意だったはずなのに、デートが決まった瞬間、自分では押さえられない感情が沸き上がってきた。



「じゃあ、詳細と場所をおく……ぐっ」



 ポタ、ポタ……と画面に落ちる赤い雫。それは幸せなやり取りの上に落ちて見えなくする。僕は急いでティッシュで画面を拭きつつ鼻を押さえたが、数滴、フローリングの床に落ちてしまった。

 それもふこうと屈めば、今度は足の踏ん張りがきかず、そのまま床に倒れる。前線に酷い痛みが走り、スマホが床に転がった。早く返信を返したいのに手が、指が思うように動かなかった。



(何で……)



 何でなんて、自分が一番知っているはずだった。


 奇病の症状。幸せを感じると体に異常が起きるという症状。頭ではそれを分かっているのに、それを認めたくなかった。

 幸せを感じちゃいけないのかと。どうして、こんな奇病を発症してしまったのかと。

 こんなよれよれの身体じゃ、水族館デートは成り立たないだろう。初めてのデートの時は、幸がリードしてくれた。だから、今度は僕が幸を引っ張ってあげたい。もっとしっかり計画を立てて、カッコいい服も買って。幸の恋人として、幸の隣にいたい。そう思っているのに。

 頭の中でサイレンが鳴っていた。

 救急車を呼んだ方がいいんじゃないかと。鍵は莉奈さんに渡してあるけれど、そんなに頻繁に来る人でもない。だから、このまま倒れてしまったら誰にも気づかれることなく死んでしまうかもしれない。そんな死の恐怖も感じていた。

 でも、一番は、幸に何も言わず逝ってしまうことは何よりも避けたいことだと。



(あー動かない。自分の身体が自分のものじゃないみたいだ……こんなの初めてかもしれない)



 ここまで、重い症状は出たことがなかった。だからこそ、この痛みや怠さに心がついていかなかった。

 僕は、暗く消えていくスマホの画面を見ながら、手を伸ばしそのまま気を失った。




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