04 理解
「酷い話だと思った?」
「思いました。そんな人をATMみたいな……許せません。そのせいで貴方は」
女性の話を聞いて、ふつふつと怒りが湧いてきた。
自分の恋人を自分の欲のために利用していたその恋人が許せないと思ったのだ。でも、以前の私も同じようなことをしていた為、もやもやとした部分はあった。もし、それで相手を傷つけてしまっていて、奇病を発症させてしまっていたら。それこそ、一生残る傷をつけたことになってしまう。人とお付き合いするって覚悟がいることなのだと、私はあらためて思った。
今それを強く実感しているのは、「幸せ」という奇病を持ちながらも私と真剣に付き合ってくれている四葉さんがいるからだろう。
「それでね、私は自分の価値はお金なんだって、私はその人の私腹を満たす宝石なんだって自分の価値がわからなくなって。周りの友達も、お金持ちだから一緒にいたとか言い出して。人が信じられなくなったの。疑心暗鬼になって、もう何もかも分からなくなって……そんな時、この奇病を発症した」
女性は、息と吐き紅茶を一口すすった。「あら、美味しい」と女性は声を漏らす。
「それ、ここの店長のブレンドティーなんです。そのシフォンケーキとよく合いますよ」
「ありがとう。いただくわね」
と、女性は笑って、フォークを手に取るとシフォンケーキを小さく切り分け、口に運んだ。ゆっくり咀嚼し、飲み込むと、彼女の顔にさらに眩しい笑顔が咲いた。
「本当ね。舌の上で溶けてしまったわ」
女性は嬉しそうにそう言って、もう一口、もう一口と食べていた。
本当に純粋な人なんだろうなって思った。その人を騙して傷つけた人が許せないと、まるで自分事のように怒りが湧いてくる。
(奇病を発症するほど傷ついていたってことでしょ。奇病はSOSっていうことでしょ?)
奇病が発症するのは、心の状態やトラウマ、コンプレックス、過剰な思想など様々だが強くその人の心に刻まれてしまったものが表面上に出てくるのだ。表面に出てきた時にはすでに、心が疲れて切ってしまっていて手の付けようがないという状態。そこまで、追い詰められていたということだ。
最期のSOS。それを気持ち悪いとか、その人の心が弱いせいだとかいう人がこの世界には少なからずいる。皆誰しも悩みを抱えて生きているのに、所詮他人事だと目をそらす。
私は机の下でこぶしを握った。
私にできることは何もない気がしたから。
「お話、続けていい?」
「はい、聞かせてください!」
私は、考えるよりも先に返事をした。女性は、分かったわ。というと、再開する。
「何も信じたくない、見たくない、私の価値はお金なんだって……そう思ったら、こんな目になっていた。でもね、この瞳は不思議なのよ。見える人によって色が変わるとかいうの。でも、私は、違うと思うわ。ねえ、貴方は私の目、何色に見える?」
「緑、です。四つ葉のクローバーみたいな緑色」
「そうなのね。貴方には、そういう風に見えるのね」
「だ、ダメでしたか」
私がそう聞けば、女性は首を横に振った。
「いいえ、弟に見てもらって気づいたことなんだけどね、私の気持ちによって色が変わるんだって。緑だったら幸せとか、黄色だったらおなかがすいているとか、赤色だったら怒っているとか。でも、皆赤色は価値がありそうっていうの。だから怒ってるっていうのに、気づかないんだもの」
と、女性は面白おかしく女性は笑った。
奇病はその人の心の表れだ。だからこそ、彼女の瞳は、彼女の心の変化によって色を変えるんだろう。
(やっぱり、奇病って不思議……)
私はそう思いながら、女性が食べ終わったお皿をカウンターに持っていった。
「どう? 愛島ちゃん。初めての接客は」
「接客って、お話聞いていただけなので」
「それも接客のうちだって。いい話聞けた?」
「はい、とても」
胸を張ってそう言えた。
いい話……というよりかは、ためになる話だけど、どっちも同じことだろうと私は思う。
そうして、会計へと向かっていく女性を私はちらりと見る。白杖は、その目を見られないために持っているものらしい。でも、宝石の瞳になってから見にくくなったのは確かだと女性は言っていた。不便だといいつつも、それと向き合っていくと、女性は言っていた。それも自分の個性の一つだと。
そんな風に前向きに向き合っていける女性に、私は憧れの念を抱く。
「可愛い店員さん」
「は、はい」
「お話聞いてくれてありがとう。とても、楽しかったわ」
「そ、そんな。私は話を聞いていただけで、何も」
「貴方みたいな、奇病を理解してくれる人が増えればいいのにね。そうしたら、皆もう少しは生きやすくなるんじゃないかしら」
私は、そうですね。としか返せなかったが、女性はにこりと笑ってくれた。ゆっくりとそのつぼみを開かせる花のような笑顔は、印象的だった。
「そうだ、奇病を研究しているっていう大学があるの。私の通っていた大学なんだけどね。よかったら来て欲しいわ。貴方、学生さんでしょ?」
「な、何で知ってるんですか!」
「私、耳はいいのよ。店長さんと話してるの聞いちゃって、もしかしてまだ高校生かなあって思ったの。私があなたの進路にどうこういう筋合いがないのはわかってるんだけど、参考になったらッて思うわ。じゃあね、楽しい時間をありがとう」
そう言って女性は会計を済ませて出ていった。
私はそんな女性の背中を見送りながら呆然と立ち尽くしていると、スマホのバイブ音が鳴った。メールの差出人は、四葉さんだった。




