03 次のデート
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ただ連絡を取り合う。ただ一言メッセージが送られてくる。ただそれだけで幸せだった。
出会いの冬を超えて、春になり、桜が散り始めて数週間。
今年も僕の隣には幸がいた。年越し前に別れる、別れないで少しもめて、それでも何とか彼女をつなぎとめることが出来た。
我ながら身勝手な話で、子供みたいだとも思う。それでも、それだけ幸のことが好きになっていたんだと自覚した。
僕にはもったいないぐらいの幸せ。
「貴方が決断したことだからそこまで何も言わないけど、どうなの?」
「どうって何が?」
「幸せ?」
「うん、幸せ」
珍しく家の中に莉奈さんを入れて、僕は彼女と話していた。恋人がいるのに、従妹とはいえ女性を家にあげるのはちょっとと、幸に対する罪悪感もあったが、姉、という風に見れば大丈夫だろうとよくわからないいいわけでもまとめた。
莉奈さんは、僕が幸に奇病をカミングし、付き合い続けてくださいとこちらから告白した日、莉奈さんからも告白された。本当は好きだったこと。弟のように思っていたけど、恋愛感情が生まれたこと。あふれんばかりの莉奈さんの思いは僕にも伝わってきた。
関係が崩れるのが怖くて言わなかった。でも、言っておけばよかったと、莉奈さんは泣きながら後悔していいた。だから、幸にあんな嫉妬しているような、冷たい発言をしたに違いないと、今になってようやく理解した。
僕が、幸せかという質問に対し、幸せだと答えれば、莉奈さんは目を細めた。
「本当に?」
「何で、聞くの」
「幸せそうに見えるけど、どこかブレーキがかかっているようにも思えるのよ。貴方、優しいから。無意識のうちにどこかでブレーキをかけているんじゃないかって」
「そんなことないよ。幸といられて幸せだって思ってる。奇病を発症してから、初めて自分で選択したことだから」
奇病が発症してからは、どこか遠慮している自分がいた。
自分は周りに迷惑をかけるだろうし、何が幸せだと感じるか分からなかった。自分の幸せすらも、幸せだと認識できないような人間だった。そして、奇病によって自分が傷つくことも嫌だった。痛いのは嫌いだ。今でも痛いものは痛い。でも、その痛みを包み込んでくれるような幸せがそこにあるなら、この痛みは、幸せと向き合っていくためのものなんだと思えた。
(ブレーキか……)
そう言えば、こちらからデートに誘ったことがなかったな、とか思い出して今度はしっかり予定を立ててデートに誘うおうと考えた。
「ニヤニヤしてるわよ」
「デートに誘ってみようかなって思うんだ。ああ、でも、受験……」
幸は今年受験生だ。受験生をデートだのお出かけだのに誘ったら迷惑じゃないかと立ち止まって考えた。でも、この機会を逃したらいつ行けるか分からない。この土日を最後にして、連絡を取り合うぐらいで、会うのはやめにしようかとも思った。その方が、幸も勉強に集中できるだろうと。
「医者から聞いたんだけど、やっぱり良くないんだって?」
「うん。まあ、ちょっとね」
「ちょっとって、貴方の命いじゃない。ちょっとも、何もないわ」
莉奈さんは叫ぶと、その勢いで立ち上がった。
前も、こんな風に怒られたなあと思い出しながら、僕は目の前に置かれたカフェの経営や、料理の本を眺めていた。
医者から言われた通り、僕の身体はますます良くない方向に進んでいるらしい。癌とか、そういうのはないが、身体の内側もボロボロで、手術のしようがないこと、そして治すすべがないことを教えられた。気休め程度の点滴や、薬を出せるが、入院してもう一度検査を受ける方がいいとか。いろいろ言われたがそれは右から左へと流れていった。
結局医者が言いたかったのは、もう先が長くないということだった。
科学では説明のしようのない奇病。それを治せる病院なんてなかった。できるのは気休め程度の施しだけ。それでも、医者は患者を生かそうと必死に提案をしてくれる。
「このデートが終わった、ちょっと病院に行ってみようかなって思ってるんだ。もしかしたら、解決策があるかもしれないし、進行を止められるかもしれない」
「そんなのあったら、とっくに見つかってるわよ」
と、莉奈さんは屁理屈気味に言った。
確かにその通りだと思う。でも、莉奈さんにも心配がかけられないし、僕も生きていたいと思うから診てもらう。ただそれだけの話だった。
僕はカレンダーを見て、シフトが入っていないのを確認し、デートスポットをスマホで調べる。遊園地、美術館、カフェ巡り……どれも幸といってみたいと思っていたが、そんな欲張りはできないだろう。そう思いながら、スマホをスクロールしていけば、水族館の文字が目に留まった。新しくできたばかりの水族館。
(幸、魚とか好きかな……)
幸の好きなものはまだ分からないものが多い。でも、可愛いものが好きだとか、甘党だとか、ピーマンは嫌いだとか。あれから色々教えてもらった。僕のことも知って貰った。
そうして、少しずつ恋人らしく、本当の恋人になっていけたと思う。距離を縮めるのに、時間はいらなかった。
「水族館」
「水族館?」
「デートに、ピッタリだと思ったんだ。莉奈さん、何かいい案ない?」
「誰が、泥棒猫とのデートを盛り上げるために案を出すもんですか」
「この間は出してくれたじゃないか」
「この間はこの間……はあ、もう仕方ないわね。分かったわよ。チケットは早めにとるのよ」
と、莉奈さんはため息をついて、やれやれといった感じに笑うと僕を見た。なんだかんだ言って案を出してくれる莉奈さんには感謝だ。
僕は来る土曜日のために、デートのプランを立て、幸の喜ぶ笑顔を想像し、彼女にメールを送信した。




