01 変わらなきゃ
「愛島ちゃん、印象変わったね」
「あ、ありがとうございます」
田代店長にそう言われて、ビジッと背筋が伸びた気がした。
季節は巡って春になった。
高校三年生になり、受験生ともなった私は、四葉さんの働くカフェに訪れていた。今日は、シフトが入っていない為いないのだが、田代店長と話すのも楽しい。
四葉さんの奇病のカミングアウトから早数か月たったと思うと、時の流れというのは本当に残酷だと思う。
私のせいで傷つけているというのに、四葉さんは別れるという選択肢を選ばなかった。私を傷つけたくない為じゃなくて、自分が好きだからという理由で関係の継続をと言ってくれた四葉さんの気持ちに私はしっかりと答えられているだろうか。
四葉さんとはあれからも連絡を取り続けている。メッセージのやり取りから、たまにデートまでカミングアウト前後で変わったことはない。でも、私が意識してしまって四葉さんに悲しそうな顔をさせてしまう。
「田代店長、注文いいですか」
「いいよ。オレンジジュースと、シフォンケーキかな?」
「えっと、今日は紅茶を飲んでみたいです。四葉さんが、田代店長のシフォンケーキには紅茶が合うって言っていたので」
「あいよ、ちょっと待っててね」
そう言って腕をまくった田代店長は、早速準備に取りかかった。
あれから色々考えて、自分なりに答えを出そうと思った。奇病の患者と向き合っていくこと、そこに命がかかっていることなど。それでも、その現実を受け止めるには時間がかかった。未だ受け止めきれていない部分もある。
受験も控えていて、全く自分の将来について考えられてもいない。そんな中途半端な状態で、お付き合いを継続しているのだ。不甲斐なさや、情けなさでいっぱいになっていく。
そして、少しでも大人になろうと背伸びして、子供っぽいツインテールからストレートヘアに、オレンジジュースから紅茶にと変えていこうと思った。意識が変わらなくても、形から変えていこうと思ったのだ。
向き合う向き合わない以前に、四葉さんの横に並んでも恥ずかしくない大人の女性になりたいと思ったから。
「はい、紅茶とシフォンケーキ。甘めにしておいたよ」
「ありがとうございます」
コトンと目の前に置かれた香りのよい紅茶と、シフォンケーキ。いつ見てもその美しさと甘さは変わらなかった。ふんわり匂ってくるバニラのにおいがいい。かかったメープルシロップもキラキラと輝いている。
河合らしい青い模様が描かれているカップをもってその淵に口を付ける。陶器も暖かくなっており、その香りは鼻孔を刺激する。ズッと一口すすれば、鼻から抜けるように口の中に香りが広がった。少しの渋みはあれど、砂糖が少し溶けているためほんのり甘い。
「美味しいです。香りもよくて。どんな茶葉を使っているんですか?」
「アールグレイに、ちょっと他の茶葉を入れたブレンドティーに近いものかな。ベースはアールグレイ。アールグレイはお茶菓子に合うからね」
「そうなんですね」
名前は聞いたことがあった。でも、見え張って聞いたが紅茶の知識なんて全くない。だから、「そうなんですね」と聞いておきながらそんな返答しか言えなかった。
それを見抜いてか、田代店長は「今度教えてあげるよ」と笑っていた。
なんだか恥ずかしくなりながら、フォークでシフォンケーキを切る。まるで、プリンのようにスッとフォークが入り、小さく切り分ける。それをたっぷりの生クリームとメープルにからませて口に運べば、今度はバニラと生クリームの甘さが口の中を幸せにする。
「ん~いつ食べてもおいしいです」
「そうかい。ありがとね。愛島ちゃんさん良ければ、シフォンケーキの作り方教えてあげるよ」
「本当ですか。あ、でも、先に四葉さんだって」
「二人とも作れるようになったら、お店で働いてもらえるかなあって……あはは」
と、田代店長は笑っていた。つまり、私にもここで働いてほしいということだろうか。そんな風に、田代店長を見れば田代店長もじっと私おみていた。
「この店は、俺の妻と始めたものなんだ。もう、妻は亡くなってしまったけどね。妻も海沢くんも、俺のシフォンケーキが好きだって言ってくれて。もし、俺がおじいちゃんになって店を続けるのが難しくなった時、継いでくれる人がいればいいなって……ほら、海沢くんと愛島ちゃんの夫婦でって思ったんだよ」
「夫婦って、そんな」
「そう、簡単にはいかないだろうね」
と、田代店長はいいってにこりと笑った。
確かに、四葉さんと私でこのお店を継いで経営していくといいうのは楽しそうだと思った。この美味しいシフォンケーキと、雰囲気のいいお店と。皆の笑顔であふれるお店にできれば……なんて未来を想像した。でも、その未来に影が落ちる。
(結婚とか……できたら、って思うけど。それこそ、四葉さんを苦しめるんじゃないかって、怖い)
四葉さんは隠しているつもりだろうけど、奇病のせいで寿命が短いんじゃないかとも思っている。幸太郎の話では、頻繁に病院に通っているらしいし。それを言ってくれない。
「私は! まだ、進路も決まっていないので、し、視野に入れておこうかなって思っています」
「そうか! ありがとうね、愛島ちゃん。今後ともこのお店を宜しく」
そう田代店長はにこりと笑った。私もつられて笑い、二人して笑っていた。ここに、四葉さんがいればどれだけ幸せだろうと思いながら。
カランコロンと、ベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
田代店長はパタパタとカウンターから出ていき、珍しいお客さんの対応をしていた。私以外のお客さんをあまり見ないからだ。ここに来るとは、目の付け所がいいなと、私はどんなお客さんが来たのか、前のめりになって診た。するとそこにいたのは、白い杖を持った女性だった。