15 ごまかすための嘘
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幸は、僕が奇病によってできた傷を見せても、気味悪がったり、目を背けたりしなかった。
じっと、その目に焼き付けようと、目を見張ってみていた。
その様子を見て、少し安心している自分がいた。拒絶されるのではないか、嫌われるのではないか、そう思っていたからだ。だから、どこか安心している自分がいた。
(それぐらい、幸のことが好きなんだろうな……)
今の幸せを手放したくないと思ってしまう自分がいた。それは、自分の寿命を削る行為だとわかっている。それでも、初めて人を好きになって、気づいたこともたくさんあったから。こんな日々が続けばと思って、願ってしまっている。
軋みだす身体に鞭打って、僕は笑顔を向ける。幸は、浮かない顔で僕を見ていた。
そんな顔しないで欲しい。幸は笑っていて欲しい。そう、声に出す勇気は僕にはなかったが、いつもの笑顔を向ければ幸も安心してくれるんじゃないかと思った。でも、今回は違った。
何か思いつめたように幸は俯いてしまう。
「……幸?」
「は、はい」
名前を呼べば、真剣になっていた幸は顔を上げて僕の方を見た。
僕は、まくっていた腕を下ろして机の下で手を組む。
「これが、僕の奇病の症状。リストカットみたいだって思われるのが嫌で、ずっと長袖長ズボンを着ていたりするんだ。他にも、傷とかあざとかいっぱいあるよ。魅せられないけどね」
「四葉さん……」
さすがに、内臓までやられているとは言えなかった。そこまで心配かけるつもりはなかったし、そんなこと言って幸を困らせたくなかった。医者には、このままいくと入院、死んでしまう可能性もあるといった。内臓に一度空いた穴が簡単にふさがるわけもなく、穴が開き続けたまま生きないといけないとか。肺に小さな穴が出来ているとか、もっといろいろ。精密検査をして得た情報だから間違いはない。
でも、これは言えないと黙っていると、幸が怯えたように口を開いた。
「四葉さん、私と付き合っていても、大丈夫なんですか?」
「幸?」
幸は、そこで言い淀む。
何となく、その先の言葉が想像できてしまって、言わないでくれと心の中で叫んだ。でも、それを表に出さなかったからか、幸は残酷な答えを出す。
「私、四葉さんと別れた方がいいですか?」
と、そういわれた瞬間トンカチで頭を殴られたような衝撃が襲う。
ふらりと座っていながらも横に倒れそうな僕を、莉奈さんは支えてくれた。幸は、奇病の症状かと、ガタンと後ろに椅子を倒して立ち上がった。
「よ、四葉さん」
「大丈夫、違うよ。ちょっと、眩暈がしただけ……それで、何で別れた方がいいって思ったの?」
聞かない方がいいってわかっていたくせに、聞かずにはいられなかった。聞いて傷つくかも知れないことは十分承知の上で。
幸は、視線を漂わせながら僕の方をちらりと見ると、その目をもう一度逸らした。
「私のせいで、四葉さんの病気が悪化するんじゃないかって思ったので。四葉さんの事は勿論大好きだし、ずっと一緒にいたいって思ってるけど。でも、四葉さんが苦しい思いをするのは違うなあって思ったから」
と、幸は言葉を句切りながら言った。
僕はそれを聞いて頭が痛くなった。確かに、幸の言うとおりこのままずっと一緒に居続けると幸せが両手から零れ出してしまうだろう。「幸せ」を感じると身体が痛くて仕方がない。そして、今現在もそんな「幸せ」を与えられた身体はボロボロになっていた。手の施しようがないほど。
でも、今更別れるなど、僕の頭の中にはなかった。幸とこの先も一緒にいたい。ただそんな思いだけが僕の中にはある。
幸が僕のことを心配してくれる優しい子だと分かっているからこそ、僕も僕なりの覚悟で、言葉で伝えないといけないと思った。
「幸、大丈夫だよ。僕は、奇病なんかに負けたりしないし、幸の元からいなくなったりしないよ」
「四葉さん、でも……」
「僕のことは気にしなくて大丈夫。これは、僕の問題だから。それに、幸がいなくなっちゃう方が、僕は悲しいよ」
ずるい大人だと思った。優しい言葉をかけて周りを囲むなんて。でも、それぐらいしか僕には出来なかった。そうすることで、幸を繋ぎとめようとした。
幸は、少し考えるような素振りを見せた後、僕と向き合った。
隣の幸太郎君も僕の隣の莉奈さんも何も言わない。僕達の行く末を静かに見守っていた。
「幸、僕は幸の恋人でいたい。幸のこと幸せにするから」
臭い、プロポーズだと自分で思った。
自分は幸せになっちゃいけないと思っているのに、相手を幸せに出来るのかと。矛盾していると思った。でも、その矛盾に気づかないふりして、僕は幸に言う。
彼女と出会った当初は、そんなこと微塵も思わなかったのに。今は幸から目が離せなくなっていた。
好きだ。と、心の底から思っている。
幸は、返事に迷っていた。まだ暗い顔のままで僕の顔色を伺っていた。
「四葉さん、本当に? 本当に大丈夫なの?」
「うん。大丈夫」
僕はそう言って笑った。
それは、幸を安心させるための笑顔であり、自分を騙すための笑顔だった。




