13 受け入れてくれるだろうか
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幸の誤解を解くのには、そんなに苦労しなかった。寧ろ、そこまで疑われていなかったことに対して、少し驚いたのもあった。
幸の表情を見て、浮気とかそういうのを疑われているんだろうなということはすぐにでもわかった。でも、幸はそういう経験がいっぱいあるだろうし、僕も捨てられるんじゃないかという不安が出てきてしまった。だから、言いよどんでしまう。だが、ここで否定しなければ、幸に誤解を与えたまま、傷つけたままにしてしまうんじゃないかと思って、僕は話した。
莉奈さんのこと、恋人じゃなくて従妹だということ。幸はすぐに納得してくれた。隣に座っていた幸太郎君はそういうわけにもいかなかったけど、大人三人に囲まれたからなのか、先ほどの威勢はなくなってしまった。僕の勘違いじゃなければ、幸太郎君は幸のことが好きなんだと思う。幸太郎君の方も、幸の幼馴染だと言っていたし、そういうことだろう。幼馴染だから、心配するし、おせっかいも焼いてしまう、と何とも微笑ましかった。嫉妬されるってこういうこと何だと思ったし、恋人に信じてもらえるとはこういうことなのだと知った。
そう思えば思うほど、先ほどの傷がぱっくりと傷口を開かせる。
それから、少しだけ他愛もない話をして、話すネタが尽きたのか、それともこの空気感に堪えられなくなったのか、幸が小さな口を開いていった。
「よ、四葉さんは、びょ、病気なんですか?」
「……っ」
先ほどまで和やかになりつつあった空気は一変し、凍り付いた。
田代店長も、莉奈さんも顔を青くしていた。何で、幸がそう思ったのか、そう聞いてきたのか、僕にはわからなかった。どこまで知っている? どこまで感づいている? そればかりが頭の中を駆け巡った。
今更、幸が嫌いになるはずないと、どこか淡い期待を抱いていても、奇病カミングアウトに対する人々の目や、そういう話はよく聞く。そのどれも、あまりいいものではなかった。僕は恵まれていたから、僕の話を聞いてくれる人がいっぱいいた。でも、幸は家族ではなく恋人で、冷たい言い方をすると他人だった。それもまだ出会って数週間ほどの。
そんな彼女に、すべてをさらけ出せるのかと。
(言うべきか? でも、言って今の関係が崩れるのが怖い。いや、違う……きっと僕は)
導き出した答えは、自分でも想像がつかないものだった。
出会ってまだ数週間。そう思っていたはずなのに、僕の中で幸の存在は大きくなっていた。僕は幸との「幸せ」を手放すのが怖いと思っているんだ。
そう自覚して、押し黙っていれば、田代さんが口を開く。
「海沢くん、君に覚悟があるなら愛島ちゃんに言ってあげてもいいんじゃないかな。勿論、無理にとは言わないし、話しにくい内容だろうけど。知って貰っておいた方が……今後のためにもなるんじゃないかなって、僕は思うよ」
その言い方はとても優しいものだった。僕が奇病をカミングアウトしたときのように、僕を雇ってくれた時のようなそんな表情だった。
無理に進めているのではない。そして、僕と幸のこれからを考えて言ってくれているのだと瞬時に察した。どこまで、僕はこの人に巣くわれ、甘えているのだろうかと。
僕はしばらく考えた。
隣で、莉奈さんが「無理に言う必要なんてないからね」と言ってくれるが、僕はもう話す気でいた。きっと、これを話さないことには幸のもやもやも晴れないだろうし、この状態でお付き合いなんてしたくないと思ったからだ。
莉奈さんも莉奈さんで僕のことを考えて言ってくれているのはわかる。だからこそ、その気持ちも踏みにじることはできない。
「莉奈さん、僕は大丈夫だよ」
そう言って、幸に向き直った。幸は、これから言われることの重大性に気付いたのか、背筋を伸ばしていた。
そんな身構えなくてもいいのに、とは言える余裕が僕にはなかったのだ。
「……幸、僕がこれから話すこと、周りに言わないで欲しい」
「は、はい」
「それと、どんなことでもあっても……拒絶せずに、受けてもらえると嬉しい」
そんな卑怯な逃げ道を作りながら、僕は深呼吸をする。
幸なら、受け止めてくれる。そう思ったからだ。
「実は僕……幸の言う通り病気なんだ」
「病気……ですか、それは、余命とかそういう治らない系」
「そうだね、余命何年とかは言われてないけど、不治の病だってことには変わりないかな。続けるね」
「はい」
「僕は『奇病』持ちなんだ。奇病……知っていると思うけど、心の病が体の表面に出てくる、その人唯一の病気。薬も対処方法も人それぞれで、今の医学ではどうしようもない病気」
「奇病……」
僕がそう言った瞬間、幸の顔色が変わった。
やっぱり言わなければよかったんじゃないかという、気になってきてしまった。でも、ここまで話して途中でやめるとはできない。
幸の顔色を窺いつつも、どうにか続けることにした。
「僕の奇病は『幸せ』を感じると、身体に異常が起きるというものなんだ。幸せだなあって感じたときに、身体に痛みが走ったり、酷いときにはいきなり傷が出来たりもする。そんな、科学では説明のつけようがない症状を発症しているんだ。見たくなかったら、見なくていい……これは、さっき出来た傷だ」
そう言って僕は、意を決して先ほどできた無数の切り傷のようなものを腕をまくって見せた。




