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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
第3章 幸せな告白
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09 辛いのは

◆◇◆◇◆



 医者の診断によれば、もしかしたら入院が必要になってくるかもしれない、とのことだった。

 それを聞いて、莉奈さんは声にならない悲しみを訴えていたが、僕の頭は妙にさえていた。



(やっぱり、そうなるか……)



 矢張り、ただの身体の怠さじゃなかったと、今になって予想が確信に変わる。最近、幸せの大量摂取をしていたなあと自覚があったからだ。人は幸せになるために生まれてきたはずなのに、その幸せが僕にとっては毒。

 その毒が蓄積し、身体をぼろぼろにしていく。

 でも、その毒を少しずつ飲んでいったのは僕だった。



「入院する、お金まで払わせられないから、入院とか考えていないし、なったとしても、自分で払うから大丈夫だから。莉奈さん」

「そういう問題じゃないのよ。お父さんに話せばわかってもらえるから、そうなったら入院費出すから、治療に専念しましょ」



と、帰り道莉奈さんは言ってきた。


 治らない病気の治療費を出すなんてとてもじゃないけどできないだろう。それこそかなりの決断だし、そこまで迷惑を掛けられない。莉奈さんの家だってそこまで裕福じゃないだろう。

 僕は娯楽のためにカフェのバイトでためたお金を使ったことはなかった。医者から、少しの幸せも感じちゃだめだよと、周りからすれば非道徳的なことを言われた。でも、それが唯一の対処法だって知っていたから、僕はそれに従っていた。だから、貯蓄はあった。それで足りないのは目に見えていたけれど、もしもの最終手段に入院という、選択肢を選ぼうと思う。



「別れないっていうなら、せめて連絡だけとかにしない?」

「それは、莉奈さんが決めることじゃないよ。それに、今でも浮いているような気分なんだ」

「え?」



 あの日、事故にあってすべてを失い周りが不幸になった日から、何で僕だけ生きているんだろうって、そんな空虚感や浮遊感に悩まされてきた。


 生きている心地がしなかったのだ。


 自分は何故助かったのか、逆になんでみんな死んでしまったのか。そんなことばかりを考えていた。今もたまに夢に見る。あの時事故が起きると分かっていたら、姉じゃなくて僕が死んでいたら……とか。でも、それは過去の思いをはせていているだけの虚しい行為で、失った過去が戻ってくるわけでもなかった。

 ただそこに残っているのは僕という人間だけ。



「だから、いつ死んでもいいかなって思っちゃってた。もしかしたら、あの日僕は死んでいたかもしれないし、そう思うと、今も生きている心地がしないんだ」



 そう僕が言い終わるのが先だったか、後だったか。パシンっと左頬に痛みが走った。

 それが、病気の症状ではなく叩かれたと気づいたのは、少したってからだった。



「馬鹿なこと言ってんじゃないわよ。貴方は生きているわ。今ここに、貴方は生きてるじゃないの。奇病を発症したから何、皆が死んでしまったから自分も抜け殻のように生きている? 自分の人生大切にしなさいよ。生きていれば……生きていれば」



と、莉奈さんは消えるように言った。 


 生きていればいいことだってあるはずだ。そう言いたかったのだろう。でも、そういえなかったのは「幸せ」が毒だから。

 生きていて欲しいと思うのは莉奈さんのエゴだ。莉奈さんは僕に生きていて欲しい。それは痛いほど伝わってきた。

 でも、何もしないで生きる人生は生きている価値が本当にあるのだろうか。

 悩んでも正しい答えは出ないはずだ。



「莉奈さん、大丈夫だから。ありがとう」

「四葉、貴方は……」



 莉奈さんは顔を上げなかった。黒いアスファルトに小さなシミが出来ていた。泣いているんだろうなってわかったから、触れることも、言葉をかけることもしなかった。ただ、莉奈さんが顔を上げてくれるのを待っていた。



「四葉はそれでいいのね」

「うん、まだ覚悟が決まったわけじゃないけど。今が幸せだし、後のこととか考えられないかな」



 僕がそういえば、莉奈さんはスッと顔を上げた。目じりが赤くなっていて、化粧が薄くなっているように感じた。それでも、顔を挙げたからには泣かないと、頑固たる意思が伝わってきた。



「四葉が決めたことだし、仕方ないのかもね。私にあれこれ言う権利はないのかも」

「……本当にごめんなさい」

「いいわよ、謝らなくて。そっちの方が苦しいから」



と、莉奈さんは僕に背を向けた。


 また泣きそうだから、そんな表情が振り返る直前に見えて、僕は莉奈さんの背中を見つめる。



「そうだ、莉奈さん。僕の働いているカフェに来ない? あそこのシフォンケーキ美味しいんだよ」

「本当に? 四葉が作るの?」

「い、いや、僕は接客担当かな。でも、あそこの田代さん……店長すごく優しいし、料理の腕もいいんだよ」

「そう、それなら行かせてもらおうかしら」



と、莉奈さんは笑顔で振り返る。


 少し無理しているように見えたけど、僕は何も言わない。僕も笑顔を返して、先導して前を歩く。



「そうと決まれば、今から行こう。お客さんとしていくの、これが初めてかもしれない」

「いいわね。私甘いもの好き」



 莉奈さんは期限を取り戻したように、僕の隣を並んで歩いた。

 僕の周りの人は不幸じゃなくて、幸せになってほしい。勿論、幸も。

 そう、僕はあの子の笑顔を思い浮かべながら、軽い足取りであのカフェへと向かって歩き出した。




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