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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
第3章 幸せな告白
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07 嘘露見

◆◇◆◇◆



「恋人……? まさか、僕には一生できやしないよ」

「いいえ、前から気になっていたの。いきなり、友達がデートに行くからなんて電話をかけてきた時から、薄々そうなんじゃないかって。いくら、お人よしの貴方でも、デート経験がないのに、友達にそんなこと頼まれるわけないって」

「それはちょっと心外」



 病室の前で、莉奈さんにそう問い詰められる。

 莉奈さんはもう全部証拠はそろっているんだから、とでもいうように顔を上げると、じっと僕を見つめた。僕は視線をそらそうかと思ったが、逸らすことが出来なかった。これ以上、この人に迷惑も嘘もつきたくなかったからだ。



「莉奈さん」

「私の目を見て言って。そうなんでしょ?」

「……そう、だけど」

「そうよね、やっぱりそうよね」



と、莉奈さんは自分に言い聞かせるように言った。


 僕の肩をつかんでいる手が痛い。



「町で貴方が女の子と歩いているところを見たのよ。声を掛けようかと思ったら映画館に入っていって、見失っちゃって。凄く楽しそうな顔をしてたから、もしかしたらって思ったの。そしたら、案の定ってわけ。そのこと付き合いだしてからなんでしょ? 悪化したの」

「……分からない」



 それは紛れもない嘘だった。

 「そう」だと答えれば、何だか幸のせいだと言っているような気がして、別に彼女は何も悪くないのに、幸に罪を着せるみたいでいやだった。だから、分からないと答える。

 莉奈さんは「そうなんでしょ」ともう一度念を押すように言った。でも、僕は今回ばかりは首を縦に振らなかった。



「莉奈さんには関係ないよ」

「関係あるわよ。奇病は治らない病なんだから、それが悪化して、加速したら……ほらお医者さん言ってたじゃない。このままじゃ、死んじゃうかもしれないって。そうなったらどうするのよ」



 どうするのよ、と言われても、どうしようもないだろう。そこまで来てしまったらもう取り返しがつかない。

 莉奈さんは今すぐ別れるようにと、強く言ってきた。それは命令じゃなくて懇願のようなもので、酷く痛々しく見えた。僕のために怒って、泣きそうな莉奈さんを見ていると、申し訳ない気持ちでいっぱいになってくる。

 恩を忘れたわけじゃない。どれだけ、莉奈さんの家族にお世話になったか分からない。それこそ、本当の家族のように思っているし、莉奈さんも僕の二人目の姉だとも思っている。だから、そんな人たちを悲しませたくなかった。



「ねえ、お願い。辛いでしょうけど、苦しいでしょうけど諦めて。そのまま付き合ってたら、貴方は『幸せ』に溺れて死んじゃう」



 そう莉奈さんは言った。


 「幸せ」に溺れて死ぬ。何て言い響きだろうと、僕はどこか他人事のように思っていた。 

 確かにこの病は厄介極まりない。でも、自分が幸せなんだって実感できるものでもあった。周りが不幸になったから、僕は幸せになっちゃいけないと思っていた。そうして下向きに人生を歩んできた。でも、その中で小さな幸せを見つけてしまったんだ。


 今更別れるとかは、考えられなかった。

 まだよく知らない女の子のことを、もっと知りたいと思ったから。



「僕は、別れる気はないよ」

「どうして。それが、貴方の幸せだってわかってる。四葉に幸せになってほしい。でも、貴方の奇病は、幸せを拒み続けているのよ。それは、毒なのよ」

「それもわかってる」



 幸せが毒だなんて、滑稽な話だと思う。

 そんな幸せを求めて、幸せがあるからこその人生なのに、それがない人生に生きる意味を見出せるのだろうか。

 幸せ何て定義は曖昧で、人それぞれだが、それでも、人は幸せを求めずにはいられない生き物だと、僕は思う。

哲学的な話になるから、これは僕の考えに過ぎないが。

僕は、幸の恋人になると決めたとき、もしかしたら病状が悪化するかもしれないとわかっていたのかもしれない。それでも、心のどこかでは幸せになりたいと思ったのかもしれない。

 それが今のこの状況だ。



「毒だってわかってる。この奇病が発症した原因も、僕の『幸せになっちゃいけない』っていう自己嫌悪の塊からだし、今更幸せになっていいのかなって思っている僕に罰が当たったっていうのも、仕方ないって思ってる」

「そんな……」



 莉奈さんはそこまで言うと口を閉じた。

 僕のエゴ、そして莉奈さんのエゴでこんな話をしている。どれだけ僕を思ってくれているか知っているから、心配してくれる莉奈さんにこんなことを言うのも間違っているような気もする。でも、僕にも譲れないものがあった。

 今、僕が幸に別れるって言ったら、幸との約束を破ってしまうことになる。彼女の笑顔がまた曇ってしまうだろうと。

 たくさん約束した。この間のデートのリベンジだってしたい。それが達成されるまでは死ねないし、別れる気はなかった。



「莉奈さん、莉奈さんには本当に感謝している。感謝してもしきれないぐらい。でも、これは僕が決めたことだ。僕の人生だから。僕が幸せになりたいって思えるようになったんだ。だから、ごめんなさい」

「……」



 莉奈さんは無言で僕を見つめていた。そのあと沈黙が長い間続き、「海沢さん、海沢四葉さん」と看護師が僕の名前を呼んだ。




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