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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
第3章 幸せな告白
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05 口が裂けても言えない

◆◇◆◇◆



「何もないといいわね」

「そう、だね……」



 病室の前、法律上成人になった大人の僕と、大人の莉奈さんが並ぶ光景はなんとも言い難い恥ずかしさがあった。別にそこまでついてこないても大丈夫なのに、といったけれど莉奈さんは頑固だからついていくの一点張りだった。僕を逃がさないために、周りを固めていたのだ。

 莉奈さんのことは少し苦手だった。それは、正確の良しあしの問題じゃなくて、記憶にある亡き姉の面影と重なったから。姉もおせっかいで、弟の僕にいつも優しく接してくれた。すこし、過保護気味なところがあったけれど、それが良かった。でも、それが大人になって、姉と似ている莉奈さんを見ていると、何とも言えない喪失感に襲われる。姉が成長していたらこうなっていたのかと、あの日のことを思い出して辛い。


 あの日姉はとっさに僕を庇った。そして、僕は軽傷で済んで生きている。僕が姉を守れていたら違う未来はあったのかとも。不幸な事故、そしてその不幸な事故が招いた不幸な世界。たくさんの人が不幸になって、絶望して、生きる希望や意味を見失ってしまった。

 そうして僕が生きている。



「海沢さん、海沢四葉さん」



と、看護師に名前が呼ばれ僕は立ち上がった。莉奈さんは保護者だからついていくと、立ち上がり僕の後ろをついていく。



「莉奈さん」

「何? 四葉。耳を塞いでっていう話なら聞かないからね」

「そうじゃなくて、どんな結果でも何も言わないでね」



 そう僕が言うと、莉奈さんは少し考えてから「結果次第ね」と顔を暗くしていった。莉奈さんも予想がついているのだろう。でも、そうじゃなければいいって願っているに違いない。僕だってそうだ。望みは薄いけれど。

 看護師に呼ばれて診察室の中に入る。相変わらず全面白いその部屋は何というか、空虚感がある。その何もない空間に閉じ込められて、尋問が始まるようだった。

 おかけください、と医者が言う。僕は軽く腰かけ、莉奈さんは後ろで待機していた。



「それで、海沢くん今日はどうしてきたんだい?」



 医者は僕の病名が「幸せ」だと名付けた人で、この間来たばかりなのにどうして、と不思議そうに話した。カウンセリングの意味も込めて話しやすいようにと先手を打ってくれた。だが、医者もこういうのは見慣れているのか、莉奈さんと同じく大方僕がここに来た予想はついているようだった。



「奇病のこと……治らないかなあと思いまして」



 僕はそういうことしかできなかった。

 悪化したかもしれないとは、口が裂けても出なかったからだ。だから、治らないか、と悪化したから治して欲しいと遠回しに言った。医者はそれを理解して首を横に振る。



「医者の私がこんなことを言うのは間違っていると思ってるんだがね、奇病は一度発症したら治らない不治の病だ。その人のトラウマが一生消えないように、心の傷として永遠に付きまとってくるものだ。それが悪化したのなら、止めることはできないだろうね」

「……」

「その顔を見ると、悪化……したんだね」



と、医者は言うとカルテに目を落とした。


 僕の病状が書かれたそれは発症してから、ここに通うたびに更新され続けている。奇病は対処法がない。だからこそ記録を付けることしかできなかった。どんなことがあって病状が悪化するのか。もしかしたら対処法があるかもしれないと、一縷の希望を見出そうとしているのか。



「取り敢えず、話を聞かせてもらえるかな。無理のない範囲でいいよ」



 医者はそう言って聞く姿勢に入った。

 僕は、後ろに莉奈さんの視線を感じつつ、これまで起こったことをありのまま伝えた。

 最近鼻血や、刺すような痛みが続いていること、今日は身体の怠さや多少の吐き気とめまいがすること、それが日常生活に影響を及ぼしていることなど。多分、幸と出会ってから病状は悪化している。あの子のせいじゃないことはわかっているし、自分が選んだ道だとわかっていた。でも、莉奈さんの前ではそれを隠した。何て言われるか分からなかったから。



「そうか……一応、エコーや、他の科の先生にも見てもらおうか。多分奇病が引き起こしているものなんだろうけど、そのせいで内部の方にも異常をきたしている可能性があるからね」



 そう言って医者は全てが終わったらまた戻ってくるようにと言って、僕の診察は終わった。そこからは、怒涛の診察でいろんな科をまわって検査をした。

 診てもらって初めて体に無数のあざがあったことや、胃に穴が開いている、腫瘍が出来ているなど様々なものが見つかった。生きているのが奇跡だといった医者もいた。一体、僕の体はどうなってしまったのかと、最後、心療内科の診察室の前で待っているとき思った。まさかここまで酷いことになっているとは思わなかったからだ。奇病は外面に現れるものばかりだと思っていたから。



「四葉、何で言わなかったの」

「……ここまで酷くなっているって思ってなかったんだ」

「いつから? ねえ、この間の診察では何ともなかったんでしょ? ねえ、いつ?」



と、待っている間、莉奈さんに問い詰められた。震えた声、震えた声。僕の肩に手を置いて、何で言ってくれなかったのと、肩を震わせていた。そうして、莉奈さんはポツリとこぼしたのだ。



「……ねえ、四葉。まだ、私に隠し事してるでしょ。恋人、とかできたんじゃない?」




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