01 自己嫌悪
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鳴りやまないサイレンの音に、霞む視界の中見えたのは、姉が僕を庇って血を流している光景、そして目の前で言葉では言い表せないぐらいぐちゃぐちゃにつぶれた、両親の姿だった。
「はっ……」
カチカチと病身を刻む時計。部屋には静寂が絶えず続いており、夜の青さと、月明りの白さを目に入れると、呼吸が落ち着いてきた。枕も汗でぐっしょり、シーツまでも汗でシミを作っていた。時計は午前三時を指している。
「はあ、はあ……ふぅ」
荒くなった呼吸を、何度かの深呼吸で落ち着かせて、僕は頭に手を当てた。目を閉じれば瞼に思い起こされるあの日の後継。
(何で、今日、こんな夢見ちゃったんだろうな)
幸とは楽しくしゃべれたし、田代さんには奇病のことを伝えた。幸せと辛さの間に立ちながらも、いい日を過ごせたと思った。でも、幸せになっちゃいけないとでもいうように、悪夢が襲う。
僕は、一度頭をすっきりさせるために洗面台に向かった。エアコンをつけていても、その寒さは異常なもので、フローリングの床に足の裏は驚いていた。
洗面台につき、水圧の調節が難しい蛇口をひねれば、数秒経ってからようやく水が流れた。それを両手ですくいあげて、顔を洗う。室内の寒さも相まって、いつもより水が冷たく感じた。きゅっと蛇口をひねって目の前の鏡を見た。暗いせいかよく見えないが、酷い顔をしていると思った。しっかり寝ているはずなのに、目の下には隈が出来ていて、唇もカサカサで、手もふやけてしわしわ、まるで病人のようだった。
「……」
近くにあったタオルで顔を拭くことなく、僕は鏡を見つめた。
あの日から身体は成長した。でも、心はあの日に置いてきてしまったのではないかと思った。
あの日とは、僕が奇病を発症する原因を作った事件があった日のことだ。
僕の誕生日にと有名なテーマパークに連れて行ってくれる約束をした家族と車に乗って道路を走っていた。隣に姉、助手席に母、運転は父だった。その日はとても晴れていて、雲一つない晴天だった。その時人気だったアーティストの曲を流し、その日は自分の特別な日だといつもよりわがままを言っていた気がする。そして、車は何の問題もなく進んでいた。だが、突然逆走してきた車が目の前に現れハンドルを着る暇もなく、直撃した。どちらもブレーキを踏んでいなかった為、その衝撃はすさまじかった。本当に一瞬のこと。耳をつんざくような音と、爆発音が聞こえ、目の前が真っ暗になった。赤くなった。
そうして、おぼろげな目に飛び込んできたのは家族の悲惨な光景だった。それで気を失ったのか、衝撃によって気を失ったのかは覚えていない。でも、次に目を覚ました時は病院の病室だった。
大丈夫だった、と僕に言ってくれたのは家族ではなく看護師だった。あたりを見渡そうにも体が痛くて動かせずに、口をパクパクとさせていれば、看護師は医師を呼んできますからと部屋を出て行っていしまった。未だに状況が理解できずにいると、医師を連れてきた看護士が戻って気、検査や質問を何個かしてきた。僕はゆっくりそれにこたえていったが、僕から「お父さんは? お母さんは? お姉ちゃんは?」と尋ねると、医師と看護師は顔を見合わせたのち、残念そうな、同情するような顔を僕に向けた。
「よく聞いてくれ、海沢四葉くん、君の両親は――」
そこから何を言われたかよく覚えていない。でも、痰飲してそこで改めて両親が死んだのと頭で理解した。
あの事件の詳細はこうだった。
逆走してきた高齢者の車にぶつかり、父と母は即死、割れたフロントガラスやら衝撃によって姉も搬送されたのち死亡が確認されたと。そして、ぶつかった車の高齢者も亡くなってしまったとのことだった。
僕はその後、両親の家族に引き取られたが、母の方はすでにどちらも他界してしまっているため、父方の祖父の家に引き取られたが、どちらも面倒が見えるほどの体力もなく、数年後に亡くなってしまった。それから従姉妹であった莉奈さんのところに引き取られたのだ。
高齢者のご家族は事件の重さに耐えられず、同情心と罪悪感から自殺、精神病院へと送られた人もいたそうで、あの事件をきっかけにたくさんの人が不幸になってしまった。僕はそんな中、莉奈さんたちのおかげで普通の生活を送っていたわけだが、話を聞けば聞くほど、自分は今幸せでいていいのかと、自問自答を繰り返すようになり、ある日突然奇病を発症してしまった。はじめこそ、ただ擦りむいただけだと思っていたが、症状が出た瞬間を見てしまってからは、病院に通うことにした。そうして、その奇病の病名は「幸せ」だといわれてしまったのだ。
幸せになってはいけないという罪の意識から発症したこれは、もうかれこれ何年も続いている。自分だけ生きている、生きているだけで幸せなのに、それ以上のものを望むのかと誰かが言う。
僕は幸せになっちゃいけないのだと、自己嫌悪にさいなまれる日々が、今日今の時間も続いているのだ。




