15 どういうこと?
予定よりもかなり遅くなってしまった。
講和の感想を今日までに書かなければいけないということを、すっかり聞き逃していた為、先生に呼び止められ書くまで帰っちゃいけないと怒られた。葵も優も何も言ってくれなかった為、後から怒ったら「逆切れしないで」と私の方が怒られてしまった。言っていることはもっともだったので、それ以上は何も言わなかった。
下駄箱で、幸太郎とすれ違ったが、何か言いたげに私の名前を呼んだ幸太郎を無視して、私は四葉さんの待っているカフェに向かった。あのカフェが何時までやっているかわからなかった。個人経営だって言っていたし、お客さんが来ないとわかったら、早めに閉めるということも考えられる。でも、田代店長は私と四葉さんの関係を知っているし、融通を着せてくれるに違いないと思った。
そんな風に歩いていると、目の前から眩しい人が歩いてきた。体の所々が金色になっており、ずしん、ずしんと足取り重そうに歩いていた。
(さっき、葵が言っていた……)
すっと道を空けつつ、私はその人を凝視してしまった。それに気づいたのか、その人は「私を見るなああ!」と叫んできたので、私は慌てて頭を下げてその場を離れた。
先ほど奇病の講和を、葵の話を聞いたため、その目で実際に見ることとなり、創造よりもはるかに奇怪だった。そんな目を向けてはいけないと教わったばかりなのに、普通の人間ではありえない身体になっているのだから怖いと思っても仕方がない。自分の手が金になってしまったらそりゃ怖いだろう。そんなことを思いつつ、カフェへ向かって走る。
奇病は目に見えやすい。だからこそ、以前の世界だったらあり得ない心の闇をその目で見つけることが出来る。病んでなくても、思い込みや、激しい思想なんかも奇病を発症するトリガーになるらしい。
私は今まで気にしたことがなかったけれど、私たちの日常にもそういうのがあるんだと改めて実感した。より、リアルに。
「く、CLAUSE?」
そんなことを考えながらカフェに着いたのだが、カフェの入り口にはCLAUSEの札がかけられていた。この間行った時はまだ開いていたのに、とドアの隙間から店内を見てみるが電機はついていた。でも、人がいるという様子もなく、本当に閉まってしまっているのではないかと思った。
(ここまで来て帰れないでしょうが!)
四葉さんから約束をしてくれたんだからと、シフォンケーキを頼めるお金は持ってきた。オレンジジュースも飲みたい。そう思って、そろりとドアの取っ手に手をかけて押してみれば、すんなりとそのドアがギシィ……と建付けの悪そうな音とともに開いた。
「開いてるじゃん……」
CLAUSEと書いているだけで、開いているということはまだ四葉さんが中にいる可能性が高かった。そう思って店内に入ってみれば、パタパタと音を鳴らしながらエプロン姿の四葉さんが出てきた。鼻にティッシュを詰めたまま、少しやつれた様子で。
「すみません、今は閉店中でして……て、幸?」
「あ、えっと、ごめんなさい」
四葉さんは私だとわからなかったのか、私の声を聴くと目を丸くした。私は、何故か取り敢えず謝らなければと思い謝罪を述べる。一応CLAUSEと書いてあったためだ。
「もしかして、もう今日は……」
「ごめん、ちょっと立て込んでて。でも、大丈夫だよ」
そう言って四葉さんはCLAUSEの札を裏返してOPENと書いてある方を表にした。
「さっ、入って」
「お、お邪魔します」
お客さんとしてなのか、恋人としてなのか、どっちなのかわからずカチコチと固まりながらお店の中に入る。お店の中は変わらず静かで名前も分からないクラシック音楽が流れていた。
私はカウンター席に座って四葉さんを見た。
(なんか、顔を青いし、もしかして病気?)
一般男性よりは細いし、病弱そうだなあとは出会った時から思っていたけれど、まさか本当にそうなのではないかと、私は心配になった。無理して笑顔を作っているのだと思うと、胸が痛む。
「四葉さん大丈夫?」
「どうして?」
「だって、顔青いし……後、鼻血出たんですか?」
「ちょっとね。でも、心配しなくても大丈夫だよ」
と、四葉さんは優しく頭をなでてくれた。
それがどうにも無理している様子で、押しかけてきてしまったことに対して罪悪感が生まれる。そんなことを思っていると、田代店長がバックヤードから出てきて「久しぶり」と声をかけてくれる。私はぺこりとお辞儀をする。
「あの、迷惑でしたか? CLAUSEって書いてあったのに」
「大丈夫だよ。今日は貸し切りだって思ってくれていいよ」
そう田代店長は胸をたたいていった。
それならいいんだけど……と、思えればよかったのだが、どうも空気が変だった。何というか、隠し事をしているような落ち着かない空気。でも、その原因が何なのかわからず、四葉さんを見る。
「幸?」
「あっ、今注文とかできますか? 私、シフォンケーキ食べたくて」
「田代さん、大丈夫かな。注文」
「最後の一切れ残ってるから、愛島ちゃんにあげるよ」
と、快く四葉さんも田代さんも言ってくれた。暫くして、目の前にシフォンケーキとオレンジジュースが置かれ、隣に四葉さんが座った。先ほどより顔色が良くなっていた為気のせいかと思い、今はこの空間にいられることを楽しもうと、気持ちを切り替え、私は四葉さんとのおしゃべりに夢中になった。




