02 不安しかない
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「莉奈さん、今ちょっといいかな」
『珍しいわね、四葉からかけてくるなんて。今? 大丈夫よ。どうしたのよ』
電話越しから聞こえてくる、強く弾んだ声に俺は耳を傾けていた。
芳山莉奈は、僕の母親のお姉さんの娘さんであり、僕よりも二つ年が上の社会人だ。デザイナーという昔からの夢をかなえ、立派に独立しているできる女性で、奇病のことを話している数少ない親戚だ。あの事件の後、引き取られた先ですぐに他界してしまったおじいちゃんとおばあちゃんの代わりに、僕を引き取ってくれた家族の一人が莉奈さんであり、今でも姉のように頼りにしている。
莉奈さんは、僕から電話をかけてきたのがそんなに珍しいのか、いつもより声が高いように感じた。
莉奈さんは僕よりも人生経験が豊富だし、デートの一つや二つしたことがあるんじゃないかと思い、アドバイスをもらおうと思っていたのだ。偏見と言われれば、偏見なのだが、前に莉奈さんは「恋人ができた」と言っていたから、きっと言っているだろうという推察のもと電話を掛けた。恋人同士が誰しもデートに行くわけではないだろうけど、疎い知識ながらにネットで調べれば、デートは最低でも一回行くようだった。
幸は自分がリードする気満々だったが、一応男として恋人になったばかりとは言え、恋人のことは満足させてあげたいという気持ちはあったのだ。といっても、幸はそういうの慣れているんだろうけど。
「デートって、どんなことするの?」
『えっ、い、いきなり何よ。あんたどうしたのよ』
「あ、えーっと、違うよ。僕じゃなくて」
『あんた自分の病気のこと知ってるでしょ? 自分で生涯恋人は作らないって言ってたじゃない。早死にしたいの?』
そこまではいってないよ。と返したら、恋人がいることを認めてしまうことになると思ったので、僕は考えたのちによさそうな言い訳を口にする。
「違うって、落ち着いて莉奈さん。僕の友達が初めて恋人ができたから、デートってどんなことするのかなあってアドバイスを求めてきたんだ」
『それで見え張っちゃったの? というか、四葉に恋人いないこと知りながら聞いてくるって、その友達とは別れた方がいいんじゃない?』
と、電話越しに怒ったような声色で言う莉奈さん。
友達と言える存在は奇病餅ゆえに作ってこなかった。そんな友達がいることすら幸せに感じてしまうのだから、奇病がばれるのもそうだけど、迷惑をかけてしまうんじゃないかっていう気持ちの方が強くて作れなかった。声をかけてくれる人には申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、断りを何度も入れていた。遊びに行く約束をしてくれた同級生に何度頭を下げたか分からない。
莉奈さんは「まあ、あんたがそれでいいなら、それでいいけど」と自分の言ったことが間違っていたと素直に認め、ごにょごにょと濁しながらそう言った。いつもさばさばしている莉奈さんが蛇足を言うのはいつものことだが、謝罪に関しては非を認めたくないのかはっきりとは言わない。長い間付き合ってきたからこそわかる癖だった。
そんな莉奈さんの謝罪はそこそこに、本題に戻る。
「それで、デートプランとか、着ていく服とかどんなのがいいかなって」
『本当に友達の話?』
「そうだよ、疑っているの?」
嘘をついて御免と心の中で謝罪しつつ、僕はそう強く年推した。莉奈さんは、うーん、とうなった後「可愛い従弟の頼みだしね」と機嫌よく話してくれた。
『服装は、動きやすいのがいいわね。女性はきっと着飾ってくるからそこは素直にほめてあげる。ただ『可愛い』だけじゃなくてどの辺が可愛いとか具体的に言ってあげるとベストね。自分の服装はそんな恋人の横に並んでもみすぼらしくないようなものかしら。ポーチ型の鞄とか、ショルダーバックとかを持っていく方がいいんじゃない? さすがにデートに財布とスマホだけポケットに詰めて……はちょっと、女性側からからしたらいただけないから』
「な、なるほど」
これは、本当に経験豊富だなと思いながらスマホ越しに相槌を打つ。
『デートプランが決まっているなら、待ち合わせの一五分前、絶対に女性より早く来ているほうがいいわよ。好感度アップを狙うならね。後は、さりげなくエスコートしてあげるとか、車道側を歩いてあげるとかかしら。でも、一番は心だから。ハートがあれば案外どうにかなるのよ』
と、莉奈さんは最後に片づけた。
ためになる話を聞き、頭の中にインプットする。デートプランは決まっている。デートの待ち合わせ場所も。じゃあ僕は、そこに幸より早くついていればいいわけだ。と、明日のデートのシミレーションをする。
『本当にこんなのでよかったの?』
「うん、ありがとう。莉奈さん。参考に……友達に教えてあげるね」
『まあ、そうしなさい。四葉、最近奇病の方は悪化してない?』
「大丈夫、傷も増えていないし定期的に病院も通ってるし問題ないよ」
『でも、治す薬もないから、病院に通っててもね……』
「気持ちの持ちようだって。それに、悪化したらまずいからっていう意味で診てもらってるだけだから。心配しないで」
そう僕が言えば莉奈さんはまだ、納得していないようだったが「そうね」と小さくつぶやいた。
「じゃあ、莉奈さんお休み。今日はありがとう」
『ええ、いつでも連絡してきてね』
そう言って電話を切り、僕は後ろに倒れ込んだ。
「明日のデート、上手くいけばいくかな」
正直不安しかないけれど、約束してしまったのだから引き返すことはできない。それに、幸の笑顔が見れるなら……と、彼女の無邪気な笑顔を思い返しながら目を閉じた。