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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
第1章 幸せな出会い
16/62

15 ソワソワしてる

◆◇◆◇◆



 家に帰ったらよりいっそソワソワした。


 地に足がつかないような、なんとも言えない浮遊感の中、小さな丸いテーブルに置いたスマホをかれこれ数十分眺めている。

 幸は帰ってから連絡すると意気揚々と帰って行ったため、てっきりすぐに連絡が来るものだと思っていたが、スマホは一向にならなかった。電話か、メールか、どちらでもよかったが、彼女からの連絡を待っていた。連絡すると連絡されてどういう気持ちでいればよかったのだろうか。分からない。



「初めてだから、わくわくしているんだろうな」



 チク、チクとくすぐったいような刺される痛みを全身に感じながらも、スマホから目が離せなかった。スマホなんてバイトの連絡か、親戚からの連絡がくるくらいで、ゲームアプリも入れていなければ、画像検索も何もしなかった。だから、言ってしまえば連絡するためだけのただの黒い板に過ぎなかった。そんな黒い板にこれほど気持ちを持っていかれるとは思っていなかった。

 自分では、大人と子供が付合う、それって犯罪かも知れない。と幸と付合わない理由を考えていたくせに、いざ付合うと決めてからは、自分は幸の「恋人」である自覚が強くなったのだ。我ながら単純な話だった。

 そんな風にソワソワと返事を待っていれば、ピコンとスマホの通知音が鳴った。自分でも信じられないほど、すぐにスマホを取って確認する。もし、幸からの連絡じゃなかったら……そんな思いもあったが、開いてみれば登録したての幸の連絡先からメッセージが届いていた。



「可愛いスタンプだなあ」



 丸っこい白い兎がお辞儀をしているスタンプがそこには表示されていた。幸の方も、何てメッセージを送ればいいか迷っているのか、スタンプを話の切り口に、僕が既読をつけたのを確認してから、新たなメッセージが送られてくる。



『これからよろしくお願いします』



と、かしこまったような文面を見て思わず笑ってしまった。お店ではあんなに元気で行動力が凄かったのに、メッセージ上では小心者なのかな? と幸の事を思い浮かべてしまう。


 こうして、人からメッセージを貰って会話するのは初めてだった。業務とか、それこそただの連絡とかにしかつかっていなかったため、会話をする、といった目的では使用していなかったからだ。新鮮さと、少しの興奮が混じりながら、僕もメッセージを返す。スマホを滑る指は心なしか軽いように感じる。



「こちらこそ、よろしくね……で、いいのか?」



 僕も何て返せば良いか分からなかったから、幸の言葉に対しそっくりそのまま返したが、これであっていたのだろうかと送信した後に不安になってきた。オウム返しなんて幸は喜ぶだろうか。そう不安になっていれば、幸はグッドと白い兎のスタンプを送ってくる。その愛らしい兎が、幸の顔と重なった。僕は無料のスタンプしか持っていないため、これを機に買おうかとも思った。そうこうしているうちに、幸から再びメッセージがくる。



『デートの件なんですけど、土日にどうですか?』



と、先ほどカフェで曖昧になっていたデートの話を振ってきた。


 デートの二文字に心臓が跳ねる。さらに、恋人であるという現実がのしかかってき、スマホを持つ手が震えていた。恐怖じゃなくて、多分興奮。年下の女の子のメッセージにいちいち過剰に反応しているなど、変な人にしか思われないだろうが、こういうのが本当に初めてのため、自分の感情の整理もつかなかった。取り敢えず、カレンダーを確認して予定が入っていないのをみたあと、大丈夫、と返しておいた。



『映画館とか、行きませんか? 見たい映画があったので』



 幸はメッセージと共に、URLを送ってくる。それを開けば、今人気の俳優や女優が出演している恋愛映画だった。きっと、男女で恋愛映画を見るというのはデートの鉄板なのだろう。



(映画……映画か……いったのはいつだろう)



 記憶に薄く、映画館に行ったのは何年前かと思い出す。その最中に嫌な思い出まで一緒に思い出してしまい、それ以上考えないようにした。そう、ここ数年行っていない。そんな風に結論を出して、行くことに対しては問題ないし、行ってみたいという意思を伝えた。それから、幸は何時に集合で、何時から映画があって……と先ほど敬語だった文章はだんだんとその形を崩していって、ついには平仮名が目立つ文章へと変わっていった。所々誤字も目立つし、きっとそんなことが気にならないぐらい僕との会話に熱中しているのではないかと思った。幸らしい。

 それから何度かメッセージをやりとりし、映画デートの予定が完全に立った。最後に、お休みとうって、その日は会話を終了する。出会って間もない女の子。でも、彼女の無邪気な笑顔や、少し子供っぽい所、純粋さには確かに心惹かれる。それが、何なのか。眩しさに対する憧れなのか、それとも本当に好きなのかは今はまだ分からなかったが、少なくとも「幸」という女の子に興味が湧いたのは確かだった。付合うからには、しっかり向き合おうと思う。それが、長続きしなくても、彼女の恋人でいてあげようと思った。僕じゃ役不足かも知れないし、幸がこれまで付合ってきた男性の足下には及ばないかも知れないけれど、僕は僕なりの恋人の形を作ろうと思った。


 僕はそうと自分の中で決めて、いつもは開くこともない本のサイトを開き、恋愛や恋人のあり方、デート講座などありとあらゆる本を物色しカートに入れた。こんなので身につくとは思っていないけど、気休め程度に。

 初めてのデートを目の前にして、修学旅行前夜の小学生みたいにはしゃいでしまったのは、幸には到底言えないことだった。



「ふ、ははっ……久しぶりに、楽しいな」



 誰もいない部屋でそう呟いて、傷口を引っ掻くような痛みを感じる。奇病の症状だと分かっていても、それを遙かに上回る「楽しみ」に満たされて、僕はカレンダーに予定を追加した。




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