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病名「幸せ」の貴方へ  作者: 兎束作哉
第1章 幸せな出会い
15/62

14 冷たい



「お、お母さん」

「あら、帰っていたのね」



 ただそれだけ。


 それだけいって、お母さんはリビングを通り過ぎていく。

 実の娘に「帰っていたのね」だけとは、酷いとは思わないか。と、自分の中で自問自答して「酷い」と万丈一致で頭の中会議を閉会する。お母さんは、ここ三日顔を合わせていなかった。帰ってきていたのは、キッチンのゴミ箱をみれば分かったけれど、その存在を認知していなかった。静かに帰ってきて、静かに出勤して。顔を合わせることがなかったのだ。



 「いつものこと」。そう済ませてしまえばよかったのに、今日の私はどうかしていた。きっと、四葉さんと付き合えることになって舞い上がっていたのだろう。お母さんを追いかけて洗面所まで行く。

 洗面台の前で薄く塗られた化粧を落としながら歯を磨くお母さん。



「お母さん、夜ご飯は?」

「食べてきたわ。後、そこ邪魔よ」



と、歯間ブラシを手に持ったお母さんがしっしと、私に退くよう伝えてくる。私がスッと後ろに引けば、ゴミ箱の縁に綺麗に当たり、そのまま歯間ブラシはゴミ箱の中に吸い込まれていった。



(ご飯は食べたって、私のご飯はどうするのよ)



 本当に自分勝手だと、鏡越しに睨んでいると、お母さんと目が合った。キュッと蛇口を捻って出しっ放しの水を止めたお母さんは振返らずに、鏡越しでにらみ返してきた。



「何よ」

「私のご飯は?」

「テーブルの上にお金、置いておいたでしょ。何も買ってこなかったの」



と、お母さんは言う。


 確かに、五千円が置いてあった。昼の購買と、さっきのオレンジジュースを飲んでもまだ余っていたが、何かを作る気持ちには慣れなかった。ここ最近ずっと冷凍食品ばかりだ。いくら、バリエーションが増えたからと言って毎日冷凍食品はさすがにお腹にこたえる。私が自炊をすれば良いだけの話なのだが、生憎料理のセンスがないし、面倒くさい。

 私がそう黙っていれば、お母さんは、はあ……と大きなため息をついた。



「退いて、邪魔よ」

「邪魔って、ちょっと酷くない」

「酷くないわよ。人の通行のじゃまをしている貴方が悪いのよ」

「お母さんっていつもそうだよね」



 ピタリと足を止めるお母さん。それでも、頑に振返ろうとはしなかった。私の話など背中越しに聞いていれば十分だと思っているのだろう。そういう所が嫌いだった。

 冷たい言葉も、冷たい目も。母親としての愛情が何も感じられない。



「お母さん忙しいのよ。言ってるじゃない。貴方の食費を出しているのは誰? 高校に通えているのは誰のおかげ?」

「それは、お母さんだけど。でも、ちょっとぐらい私の話し聞いてくれたっていいじゃない。一緒にお出かけとか、一緒に外食とか、そういうの全然してくれないもん」



 口を開けば、忙しい、忙しいって。私よりも仕事が大事なことは分かっていた。お母さんが勤めている会社は国内でも名の上がる大企業だったから。だから、忙しいのも分かる。でも、それがずーと、ずーっと続いている、口癖になっているお母さんには腹が立った。

 お母さんは何て返してくるかと待っていれば、お母さんはさっきよりも深いため息をついた。私を哀れむように言葉を吐いた。



「貴方、今年で何歳になるの? いい年して、お母さん、お母さんって恥ずかしくないの?」



と、返ってきた言葉はとても残酷で、自分の現状を叩き付けられているようだった。


 目の前が暗くなる。じんわりと滲み出てきた涙はぽろぽろと頬を伝って落ちていく。



「そこまで言わなくて良いじゃん。酷いよ」



 私は耐えきれなくなって階段を駆け上がった。二人ですむには大きすぎる家。何年か前まではそこにもう一人いたのに。

 私は自分の部屋に飛び込んで鍵をかけた。どうせ鍵をかけたところで入ってくることも、二階に上がってくることもないだろうけど。反抗の表れとして鍵をかけた。

 ベッドが軋み、シーツがシワになって沈み込む。ピンク色の枕に顔を埋めて私はべちゃべちゃになった顔をふいた。

 いつものことなのに、今日はどうしてか涙がこみ上げてきた。お母さんが私の話を聞かないのもいつもの事。お母さんが私より仕事が大事だって言うのもいつもの事。お母さんが私に興味なんてないこともいつものこと。


 いつものことなのに、それが今日は一弾と辛く感じた。悲しく感じた。



「う……ぐずっ、うぅ」



 鼻水は啜っても落ちてくるし、四葉さんに会いに行くからってわざわざトイレでアイラインを引いていったため、涙でそれがにじんでピンクの枕に歪な線が出来ていた。



「四葉さん……迷惑じゃないかな」



 お母さんに冷たくされたせいで、四葉さんに連絡を送る気力もなくなっていた。帰ったらすぐにでもデートの予定を立てようと連絡を入れるつもりだったのに、すっかり遅くなってしまった。

 お母さんの絶対零度。きっと、四葉さんや田代店長の温かさに触れたせいでいつもより心へのダメージが来てしまったのだろう。

 そう思いながら私は、スマホを開いて四葉さんの連絡先を開く。



「今、繋がるかな」



 電話はちょっと、と思い、私は一縷の願いを込めてメッセージを送信した。




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