The killer of paranoid Ⅱ 8
親への愛情を授かるのが当たり前だと思っている人は、本当に恵まれている人だ。環境や、理由は様々になるがそれが出来ない子供は世界に当たり前の様に存在している。うちは裕福でもなく、貧困という訳でもない。一般的な家庭だと思っていたのは小学校、高学年頃まで。それからは、父は家に戻って来る機会が減って母と喧嘩ばかりしていた。父が戻らない心配をしていた自分を鬱陶しいと思ったのか、母は段々と私に強く当たる様になっていった。
「そんなにお父さんが心配だったら、私の心配をするべきでしょ!!働いてあんたを食わせてるのは私でしょ!?」
後になって知るが、父とは別に別れていないので仕送りはしてもらっているらしい。無い月は鬼の様な形相になって私に強く当たる。時に暴力を振るわれた事もしばしばあった。
「霞、あんた今日から家事全部やってよ。働いてこっちはしんどいの。あんたが私を助けるのは当然でしょ?」
うん、そうだね。お母さんを支えるよと、私は言った。文字通り家事全部をこなした。母を助けたくて、家に居る間はゆっくりして欲しいからと掃除・洗濯・炊事・買い物・ゴミ出し家に居て出来る事は毎日自分がこなした。早朝で暗い時間に、雪が降る最中にゴミ出しに出掛けると、偉いねと近所のおばさん達に誉められる事もしばしば。それから家の中で落ち着く日が無くなり、怒声や理不尽な命令も多くなった。小学校時代が一番荒れていて、時に暴力を振るわれたり一人だけご飯を抜かれた事もある。ただ何よりきついのはあのゴミを見る様な視線だった。家族に向ける表情のそれは妹に向けられていて、自分には向けられる事はない。ただお陰で、どこに出しても恥ずかしくない花嫁修行にはなったのは皮肉としか言いようがない。
「あんた、お姉ちゃんでしょ。おこづかいは我慢しなきゃ。和子?あの子はあんたの妹でしょ生活費掛かってんだから協力してお姉ちゃん」
そう言っておこづかいは貰えなかったが、生きていく為に協力しようと本気で思った。純真だったなと今でも思う。それからは服も全て“妹のおさがり”を貰うようになった。一つ下なので何とか着れるが、古くなって見飽きたからお姉ちゃんあげるねと妹から言われるのは癪だった。姉妹喧嘩になったら、母が100%妹を庇って断罪されてしまう。母からの暴力はエスカレートして痣になる事もあった。そんな状況が何年も続いて中学に入る頃には嫌でも気づかされてしまう。自分の家庭の異常さに。他の子は何一つ家庭の問題が無いように毎日笑顔で登校しているのに、自分は毎日が暗かった。誕生日や参観日みたいなイベントは無いに等しい。お姉ちゃんだから我慢しなさいの一点張りでフラグも立たない。たまに、友達に心配されてしまうが、うちも普通だよと笑顔で返していた。父が帰って来ない事で、母が自分に辛く当たったり、苛々しているのは仕方がないとその時は自分も諦めていた。その癖に妹の誕生日には盛大に盛り上げる。イベントにも参加して、段々とその格差に憤りを感じるようにもなった。
「いい加減、あの子をあんたが連れてってよ!!」
「それは出来ないって言ってるだろ!?霞が高校生活が送れるように仕送りだって増やしただろうが!!」
たまに父が帰って来ると、母は激昂してそう叫ぶ。別に私は母の事が嫌いだった訳じゃない。暴力を振るわれて痛い目を受ける事もあるが父が出ていく前までは、普通に良い母親だったのだ。だから私は寧ろ母から逃げる父親の事を嫌っていた。中学校から美術部に所属して絵を描き続けた。コンクールで受賞すると妹がスポーツで表彰される度に一緒に喜んでくれるのを見て、羨ましかったのもあった。コンクールで表彰されて賞を見せると、その反応は冷めたものだった。喜ぶどころか、翌日表彰状をぐしゃぐしゃにしてゴミ箱にいれられる始末。流石に、違和感を感じざるを得なかった。それでも、最悪の可能性を頭から振り払うようにしていた。
あの日、金髪の女の子が現れるまでは
夏樹は自転車で言われた病院へと辿り着いた。大きな総合病院で、受け付けの前に人が大勢椅子に座っている。ここに平久霞の家族が居なかった場合、また連絡する手筈になっている。
(⋯⋯⋯で、どうするんすか)
(まぁ、一応プランは考えてわ)
夏樹が、受け付けの人に尋ねる。
「あの~平久夏樹っていう者なんですがテレビで見て従妹が病院に連れてかれたって聞いて来たんですけどどこの部屋に居るか分かりますか?」
「身分証明出来ますか?」
「これです。急いで行きたいので早くお願いします」
そう言って生徒手帳を見せると、自分の名前が平久となった手帳を見せた。
「分かりました。名前と時間を記入してカードを渡しますのでこれをお持ちください。5階の18号室に皆さんいらっしゃいますが、静かにお願いします」
「ありがとう御座います」
夏樹はそう言って名前と時間を記入して、手帳を受け取り病院の中を歩き始めた。
(成る程、偽装したんすね)
(正解。これしか思い付かなかったわ)
手の平にある手帳が、幻のように消えていく。5階の18号室の前まで来ると、夏樹は息を整えて扉を開けた。そこには、未だ目覚めぬ夫婦と、それを心配そうに見つめている少女の姿があった。
「誰?部屋貸しきりのはずだけど」
「ごめん、間違いじゃないんだ。霞さんの友達で、ちょっと事情を伺いに来ただけだから」
「お姉ちゃんの?」
もうわかんないや」
「うん。話を聞いたら霞さんを探しに行こうと思ってる。ちょっといいかな」
夏樹は扉を閉めて、丁度空いた椅子に腰かけて少女に面と向かう。
「私、鈴鳴夏樹っていいます。初めまして妹さんだよね」
「平久和子です⋯そうなのかな⋯⋯もうわかんないや」
「昨日、何が起こったのか聞かせてくれるかな」
「家族で話し合っていました。でも、あんな事だったなんて。お父さんもお母さんも正直擁護出来ないし、お姉ちゃんも心配だけど、お母さん達も目が覚めないし、もうどうしたらいいか」
和子が泣き始めて、昨日何が起こったのか語り始めた。その日は偶然、父が戻って来ていた。相変わらず母との仲は険悪だったが口論になりながらもテーブルに面と向かっている。会話の内容は、主に仕送りの値上げの要求と、財産分与の相談が主。離婚に向けて話し合いが行われているように思える。私は、金髪の少女の言葉が脳裏に過り、勇気を出して二人の前に歩みでる。妹は、リビングでドラマに熱中している様子だった。
「ちょっと、聞きたい事あるんだけどいいかな。お母さん」
「何よ、まだ話が片付いてないからあっち行ってなさい」
「私、お母さんに何かしたかな?和子との差別は今に始まった事じゃないけどやっぱりおかしいと思う。お父さん似だから?それとも他に理由があるの?」
「なんだ、霞。気づいてたのね。あんたがバカじゃなくて良かったわぁ」
「おい、止めろ。後2年って約束だろう!?」
「だったらあんたがこの子を連れていってって何度も言ってるでしょ!!なんで私が前妻の子を育てなきゃいけないのよ!!おかしいでしょ!!」
「前妻⋯⋯2年⋯?」
「そうよ、2年。貴方が18歳になったら私たちの親権は消える。国が成人年齢を引き下げてくれたからね。あんたを養う義務は後2年で消える。この子も急に言われるよりは2年の猶予があった方がいいに決まってるじゃない!!」
「お前⋯⋯」
「お父さん、どういう事?」
和子も今の話を聞いてドラマどころではなくなった様子で父に尋ねる。
「そういう、約束を母さんとしてるんだ。後2年で離婚する。その時に霞には一人立ちしてもらおうってな」
「いやいやいや、18歳ってまだ高校生でしょ」
「高校は途中で辞めて貰います。別に今からでもいいけど⋯⋯いいえ、寧ろ辞めなさい。今から働いてバイトで稼げばいいんだわ。あんたに出てって貰うのに色々住み込みのバイト探してたんだけどね」
そう言って、差し出したのはろくでもない求人ばかりだった。酷いので、住み込みで働くデリバリーヘルスの求人もある。
「霞の人生の為にもそれは看過出来ないって言ってるだろう?仕送りも止めるぞ!!」
「はあああああああああ!?だったらこの子を放り出すまでよ!!!!」
「お母さん、お姉ちゃんに出てけって言うの!?せめてお父さんの所で⋯⋯」
「無理よ、お父さんはね。不倫して別の女の所で家庭を築いたの。あんた達の知らない弟妹が2人も居るそうよ?」
娘二人の視線に気まずそうにする父。
「すまん、霞。相手は不倫だって事を知らないんだ。幸せな家庭を築いてるって思ってる。身勝手な話かもしれないが今の家庭を壊したくないんだ」
父のすまなそうな顔に霞は怒り心頭になった。
母と血縁で無かった事は薄々は気づいていたけど信じたくは無かった。
元々、卒業したら働こうと思っていた。
但し、帰る家も家族も何もかも失った状態からのゼロベースは想定外。
思わず、霞の頬に涙が伝う。
「結局、私は二人に捨てられるんだね」
「本当にすまないとーーーーーーー!!!!!!!!!」
霞の背後から、人影の様な存在が見え、父の顔を鷲掴みにすると軽く持ち上げる。
「か⋯⋯か⋯⋯⋯かずび?」
霞は念じるままに、父親をテーブルに叩き付けた。顔面を押し付ける形でテーブルが真っ二つに壊れて尚もガンガンと床にぶつけて血が床に広がっていく。更に持ち上げ、テレビに放り投げると画面が派手に壊れる。ガラスや破片が散らばり、電気がショートして火花が散る。背後の人影は父を掴んで今度は豪快に反対側で放り投げて壁に叩きつける。
「霞?⋯⋯何なの、そのおじさん。あんたのお友だち?」
母が、何かに怯えている。一歩、霞が前に出ると母が尻餅を着いて倒れる。
「お母さんはね、ちゃんとあなたの事を愛してしたわ。あんたがそんな子じゃないって知ってるもの。だって、霞はお姉ちゃんだものね?ね?お母さんは許してくれるわよね?」
裏返った声で言われ、完全にその言葉で火に油が注がれる。完全に我を失い、捲し立てた。
「ふざけないで!!何がお姉ちゃんよ。血なんか繋がってない癖に!」
霞が念じると、首で持ち上げて母親の首を絞めて窒息させる。意識がなくなる寸前まで続けると、台所に放り投げた。皿やコップが棚から落ちてガラスの割れる音も響き渡る。父も母も沈黙してようやく、霞は自分が何をしでかしたのか我に返った。急に冷静になって周囲を見渡して今さら、やってしまった後悔が霞を襲う。
「ハァ、ハァ、ハァ、何これ⋯⋯苦しい!!」
(もっと暴れようぜ!!派手にあの毒親ブチ殺してよォ!!)
(黙りなさい、何なのあんたは!!)
(お前の怒りから生まれた存在だよォママン。いいから俺と変わりなよォ。サクッと妹も殺してやっからよ!!)
意識が飛びそうになる所を踏みとどまる。
「お姉ちゃん、大丈夫!?」
「来ないで、和子!!それと⋯⋯もうあんたのお姉ちゃんじゃない」
そう言って、霞はよろめきながら玄関へと向かい、靴を履いて外へと飛び出した。




