陰陽庁怪異対策課京都支部 7
女性を旅館にまで運び、寝かせてから京子たちもその日は汗を流して床に着く。彼女の話を聞けたのはその日の朝方になってからになった。牛の刻参りの衣装から普段着へと変わった彼女の風貌はあんな事をしそうにない地味で温和で優しそうな雰囲気が漂っている。申し訳なさそうに、謝罪と感謝の言葉を述べた後、口を開く。
「あれは、ネットで知り合った人に恨みを必ず晴らせる呪術道具だって聞いて購入したんです」
「どこのサイトから?」
「そのサイト、分かります?」
京子と紅葉が尋ねると、彼女は慌てて携帯を取り出した。
「ええ、今でもあると―――――??え、嘘消えてる!!昨日まであったのに!!」
NOT FOUND 404
とだけ残され、サイトの跡地には痕跡が何一つ残されていない。
「サイトを確認したら、あれだけじゃなくって、ぬいぐるみとか石とか色々売ってました。どれも価格は高くって最低10万円、高額で100万以上の物もあったかも。サイトの管理人が道具を売るのは人を見て確かめたいって言うから実際会ってみたら高校生くらいの若い男の子で吃驚したんだけどさ、自分は窓口だから呪術道具を作っているのは別に居るって聞いて、いよいよ怪しいなって思ったんですが・・・」
そう言って、彼女はポケットから小さな犬のぬいぐるみを取り出した。
「お試しで渡された、このぬいぐるみ。牛の刻参りと似てるんですけど試しにこれに相手の写真と身体の一部を入れて、数か所針で刺してって言われて。冗談かと思ったんですけど、彼5日くらいして体調崩して入院したって聞いてこれは本物だって思ったんです」
由紀がそれを手に取って、腹の中にもう一つ紙切れが入れてあるのを見つけた。ブードゥー教が儀式に用いる呪術のマーク。ブードゥー教は自然の精霊や先祖の霊との交流によって、人々が抱える問題(病気や貧困、苦しみ等)の解決求めるアフリカに古くから現在まで人々に信仰を受けている宗教の一つ。一方で相手を呪い殺す呪術に長けている。その司祭と呼ばれる者は死者をも動かすネクロマンスも可能とさえ言われる程。実際教会との対立も根深い上魔女狩りが盛んな時世には理不尽に虐殺されセイラムの魔女裁判でも発端となった。
「紅葉、京子はもう帰っていいわよ。私は彼女の話を詳しく聞いておくから」
(本物の呪術師、二人にはまだ荷が重いわね)
二人は顔を見合わせて、安堵した後その旅館を後にした。
米国、ワシントンDC ホワイトハウスの一室で、何人もの司祭と修道女がその場に集まりその場で祈りを捧げて儀式が行われようとしていた。ベッドで苦しんでいる少年はその彼らの声に呼応するかのように苦しんでいる。少年の傍には米国首相が彼に寄り添っている。自分勝手な政策のお陰で首相に警告と称して彼の孫に呪術を掛けたと警告が入った。5日以内に政策を撤回しないと命はないと脅迫をしてきたのだ。米国首相ダック・ジョーカーは鼻で笑って一笑に付していたが、数日で容体は悪化の一途を辿った。急いで米国の教会に助力を求め、バチカンからも悪魔払いの助成を求めた。ホワイトハウスに、黒い高級車が止まると、銀髪の少年は清々しい気持ちで空を見上げた。
「ご覧よ、これがあのホワイトハウスさ。孫で一喜一憂してる、ね」
「エノク様、ここは何卒穏便に」
「分かっているよ、ミカエルは相変わらず心配性だね。折角爺の姿じゃないんだし今日くらいいいだろう」
少年はそう言うと、車を降りてホワイトハウスの人間に手引きされて中へと入って行った。米国首相のダック・ジョーカーとの挨拶も済ませて早速仕事に取かかった。
首相の孫は広い室内にベッドで寝かされており、シスター達の祈りに苦しそうに悶えている。エノクは聖書を開いて彼の目の前まで歩くと、彼の手を取るダック・ジョカーに警告した。
「これより、悪魔払いを行う。下がっているんだ」
「・・・孫を宜しく頼む」
そういうと、ダック・ジョーカーは後ろへと下がって大人しく見守った。銀の盆で持って来られた瓶を手に取って、聖水を振りまくと酸を浴びたかのような反応を見せ、彼は激痛に身を捩じらせた。その後、目を赤く光らせて怒りの形相でエノクを睨む。
「見事なもんだね、呪術で悪魔を憑りつかせるなんて」
彼の身に憑いているのは紛れもなく悪魔の類。人の様々な負の感情より生まれた化け物。肌が徐々に白くなって、まるで肌がゾンビの様になっていく。吐く息は白くなっていき、悪魔の笑顔で周囲に吠えた。
「オマエガナニヲシヨウトモムダダ!!」
「神の名において命ずる、彼の体から出て行くんだ!!」
「オマエガデテイケ!!ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
悪魔は遊んでいるのか、少年の体を宙に浮かせて、周囲の人間を壁際に押した。部屋にある物は全て宙に浮かされ、壁や天井にぶつかり壊される。怒りの形相でエノクを睨み付けるとダック・ジョーカーや神父達は動揺して皆恐怖に顔を歪ませる。
「コイツハオレノモノダ!」
その言葉に、カチンときてエノクは聖書を閉じた。
「図に乗るなよ、悪魔風情が!!」
エノクの目も怪しく紫色に光る。悪魔は違和感を感じて周囲を見渡した。外の世界ではない。いつの間にか、少年の巣くう心の世界にエノクが出現していた。青い空と草原が広がる彼の心世界は、彼の純真さを表している。ゆっくりと歩いて、悪魔の前まで来ると彼は悪魔の名前を告げる。
「動くな、ナイゲブカ。下半身は人だが、上半身は馬の姿とは面白いね」
「何故、ここへ入って来れた??」
「さぁ、何故だろうね。考えてごらんよ」
いじわるな笑みを浮かべてエノクは挑発した。ナイゲブカがエノクに攻撃を仕掛けようとしたが、彼の周囲に近づくだけで体が崩れ去り始める。
「どうした?ほら、おいでよ。来れるもんならさ」
身の危険を感じたナイゲブカは悪魔の翼を広げて、少年を手放して悪魔は必死に逃げ出した。エノクは指先を掲げて、空中に無数の光の槍を生み出して悪魔を串刺しにする。地面に落ちると悪魔は消滅していった。エノクは草原に立つ少年に触れて、優しく囁く。
「もう怖いやつは去ったよ。目を覚まして」
その呼びかけに応じるように、少年は目を覚ました。最初に目に映ったのは彼の家族と親戚だった。皆、良かったねと涙を零しながら少年の無事を心から喜びその場の全員がエノクと神の奇跡に感謝した。