Revenge tragedy of agent Ⅱ 7
殺人事件の犯人を扱っているという事もあり、病院の中に限らず世間も病院に注目していた。死体ではあるが、世間を騒がせた恐怖の象徴に皆が不安を抱えていた。テレビを付ければ事件の事が繰り返し流れている。
「竜太郎先生、聞きましたかあれ即死だそうですよ」
診察も終わって席に着いてゆっくりカルテを
眺めていると、同僚が声をかけてきた。
「聞きましたよ。銃弾による眉間からの頭蓋骨粉砕ってね。ゾンビでもなければ復活はないでしょう」
この時代のゾンビと言えばウィルスによる感染による変貌ではなくあくまでも墓場から死体が動き回り襲い掛かる化け物の総称。全力でダッシュして暴れまわるものでもなく死体が徘徊するようなタイプである。後々人気になるホラージャンルだがこの時代で言えばB級映画の代名詞。
「お恥ずかしながら、こないだ家内と見たんですが卒倒してしまって何も覚えてないのです」
「あれは女性と見るものではないですね。
グレムリンの方がまだ可愛いですよ」
そんなやりとりができるくらいに、その日は日常とさして変わらぬ時間が流れていた。あの轟音が鳴り響くまでは。唐突に爆発したような音が聞こえると建物が揺れた。
「なんだ?急に建物が…」
「これは危ない、患者を避難させましょう!!」
轟音が鳴ると同時、火災警報が鳴り響いた。煙が蔓延する最中、悲鳴と逃げる足音が続く。絶対安静の患者から、避難をさせるべく看護師と動いていると、ふと廊下に誰かの足が引きずられていくのが見えた。夥しい血痕を残して病室の一つに入っていく。何事かと扉を開けると見たこともない黒と緑色の肌をした化け物が医師を持ち上げて引きずっている。それは、映画のような未知との遭遇だった。とても人は思えない風貌に目を開く。
「君は一体⋯⋯」
医師が地面に倒れたかと思うと、次の瞬間には目の前から姿を消した。左右を見渡し、後ろを向くと頭に重い衝撃が走り、意識が飛んだ。次に目を覚ましたのは、ライトの眩しい光が差し込む場所だった。それが外科手術室だと気づくのに数秒を要した。自分は簀巻きにされ身動きが取れない。そして、先程の化け物が自分を見下ろしている。メスを玩具の様に扱い、面白そうに笑っている。質の悪い夢でも見ているに違いないと最初は思った。
(痛い!?⋯⋯夢だろう、これは!!これが夢でなく一体なんだと⋯⋯)
左の手の平に激痛が走る。三角の傷痕を掘られた事は後でわかった。ガムテープで口を塞がれ、声も出ない。化け物が、舌を伸ばして頬をゆっくりと舐め回した。嫌な匂いと感触が状況を夢ではない事を悟らせた。吐きそうな衝動にかられながら、視線が別の方へと向く。患者を運ぶカートには、先程の医師が寝転がっており既に解体された後だと一目で理解出来た。
(次は私か!冗談じゃない!!)
鼻息を荒くして、何とか脱出出来ないかもがいてみたが、かなりきつく巻かれているようで身動きが取れない。メスの切っ先が、自分に段々近づいていく。目のまで来て目を閉じた。
「手術室に勝手に使ってるやつは誰だ??」
ぞろぞろと人が集まり、その場に駆けつける。目を開けた瞬間にはどこにも姿が見えない。テープを剥がされ釈放されると、何があったのかと詰め寄られたが、返答出来なかった。そのうち、消防士が来て事態は沈静化したが驚くべき事に、死体安置所が爆発したかのような跡が残っており、天井が崩落。一階の床が抜け落ちて大きな穴が出来ていた。ガスか何かが爆発したかのような惨状にテロの可能性も否定は出来ないと警察は言っていた。今回の一件が何であれ人が死んだ事に変わりがなく自分の手の平に残った傷の痛みが夢ではないと自分に告げていた。
「結局あの事を話したのはこれが最初になる。今まで誰にも話した事はなかったんだ。暫くは恐怖の余り職場に復帰出来なかったしね」
「話して頂いてありがとうございます」
「今度はそちらの話も聞かせてくれないか。
君がよければで構わないが」
「あまり面白い話じゃありませんが」
病院の玄関から、夏にも関わらずロングコートにマスクに帽子という、長身の男性の姿が見えた。衆目を集めているようで目立っている。受付にも寄らずにフラフラと館内を歩く。
「何か、肌が黒かったわね。肌のご病気かしら」
「それなら、夏にコートも頷けますね」
「すぐに戻ってくるだろうから驚かないようにね」
「わかってますって」
そう言って看護婦は患者の背中を目で追いかけたが彼が受付に戻る事はなかった。




