Revenge tragedy of agent Ⅰ 1
とあるアパートの一室。畳には夥しい血の後が広がっている。死体が無惨な状態で転がっており、刺殺の後が伺えた。被害者は40代の堅気とは言えぬ風体をした男で体には入れ墨が掘られている。大勢の警官と鑑識がその場を訪れ死体現場の検分を始めていた。刑事が死体の側に寄って、状態を確かめると次に側に落ちている凶器に目をやった。大きなハサミでめった刺し。殺意が無ければこれほどまでに刺し傷も増えないだろうと見てとれる。
「それで、第一発見者ってのは、さっき連行された奴か」
「ええ、何でも自分は殺してないって言うんですがね、ありゃーキめてますわ完全に。服装は血塗れで鑑識に一応DNA鑑定はしてもらいますがね、間違いなく被害者のものと一致するでしょう」
「麻薬所持も入りそうだな。ったく、こういうのどっから密輸してんのかね」
部屋にある、麻薬とおぼしき粉末の入った袋を見てため息を吐く。
「最近じゃネット通販で乾燥させたハーブとして売ってるケースが多いって聞きますが」
机の上にあるPCの画面には、麻薬の売買に関するメールのやりとりが残っている。
「何にしろ、商品に手を出した挙げ句の犯行って所で落とせそうだな」
「しかし、酷い言い訳でしたね」
「たまにいるんだよ、殺した事が信じられなくて妄言吐くとかな」
「それにしちゃー真剣でしたけどね」
第一発見者の害者の舎弟だという30代の細身の男は返り血を浴びたまま、何かに怯えた様子でその場に踞っていたという。逃げもせず、死体と共に警察が到着するまで待っていた。その心境は彼以外には到底理解の出来ぬ物だろう。警察を前に語り出した彼の第一声は酷い妄言だった。なにせ彼曰く、死んだ人間が生き返って兄貴を殺したと言ったのだ。怯えた眼差しから、真剣な表情へと変わったが警察は彼の妄言を相手にする事は無かった。
夜も更け、深夜になってビルの明かりや車の光が煌いている。遠くに高速で走るバイクとパトカーの音が聞こえそれをビルの屋上で、一人の少女が街を見下ろしていた。黒い長髪を靡かせ、着物を着た少女は目を閉じて何かに耳を傾ける。複数の強い怨念の魂の声の叫びを、彼女は耳に捉えていた。暫くして目を開けて、彼女は目的が定まったように口にする。
「貴方のその望み叶わぬその恨み、私が代わって晴らしてあげる」
そう呟いた後、跡形もなく少女の姿は闇へと消えた。
近くの電車の通る音が響き渡ると、またその場に静寂が訪れた。




