The black cat rage about 5
和香は家に戻るなり、離れの部屋に閉じ込められてしまった。話をしようと思ったが、聞く耳もたずして狂人のように浮かれる父の様子は普通ではなかった。それと結界の配置にも違和感を感じたのは間違いではない。四方を囲む結界は機能しているが、内にもあるはずの結界を維持する札が幾つも破られている。そこでようやく和香が、父に何かが憑かれていると思い至った。札を取り出して行動に移そうとするや否や、背後にいる存在は過敏に反応して姿を現してきた。威嚇され、父の喉元に蛇が絡み付く。そしてそれに父が気づく事はない。操られているのだから、今喋っているのも本人かどうかも疑わしい。
「和香 大人しく待っておれ。今すぐ縁談を纏めてくる。家を出よう等と思わぬほうがよいぞ?いつでもあの家に式神を放てるのを忘れるな」
どちらの警告なのか定かではないが、どちらにも危害が及ぶ事は間違いない。相手が見えない以上、この状況を受け入れる他ないと和香は唇を噛み締めた。一体、誰が、何の目的で父を操っているのか。何が陰陽師の幹部昇進か。
「これだから、幹部に縁遠かったと何故理解しないのかしら。本部に報告すると事が大きく成りすぎる。支部に助けを求めた方が良いか」
実力もない癖に上ばかり羨む愚か者。和香はため息を吐いて、旦那と娘の無事を祈った。
母親が帰って来ないと、亜子が心配で玄関に通うようになった。電話にも良く出るし、父親にも何があったのか尋ねる一方で。父親は、何と答えて良いか分からず、仕方なくこう答えて茶を濁す。
「母さんは、暫く実家に戻って家に帰って来ないけど、すぐに戻ってくるよ」
「本当?」
「本当さ、さぁ明日も学校だろう?早く寝なさい。暫くは家事は僕がするからね」
「えー⋯⋯お父さん料理下手だし。お母さんのが食べたい」
ぷう、とむくれると、父親は頭を掻く。
「頑張るよ。お母さんが戻ってくる間、2人で頑張ろうな」
と、言ってはいたものの、やる気があるのかないのか洗濯物、ゴミは溜まる一方で洗い物にも手が付いていない様子。食事は片手間で済ませられるカップラーメンかコンビニ食。当然私の分はない。時間があれば旦那は嫁の実家に足を運んでは気を落として戻ってくる日々が続く。亜子も学校から戻っては御飯を寂しそうに食べている。こたつでテレビを見てぐっすりと眠るのを確認して、人型に戻って着物の袖を捲った。致し方なし、こっそりと家事を手伝う事にしよう。人間の行動を観察して来た私にしてみれば、家事等造作もない事である。まず洗濯。これは洗濯機とやらに着る物を入れ込んで自動で洗って貰うものだが、さて困った。着物を入れた後どうすればいいか分からない。椅子を持ってきて、よいしょと登って慎重に、恐る恐るボタンに触れる。
『ガタガタガタガタ!!!!!』
と動き始めたので、吃驚してすてんと後ろから転んでしまう。全体が揺れている。多分成功はしているはずだがはて、何か足りない気もする。水の音がして水がはいっていくのを確認すると安堵してその場を離れたが後に洗剤とやらを入れ忘れた事に気が付いた。そういえば、和香も箱の中の粉を入れていた。それを思い出して箱にある粉を全投入。これで綺麗になる事間違いなし。次にゴミ出しこれはゴミ袋に入れて外に置いておくだけで誰かが回収してくれる。街に徘徊する野良の非常食保管庫。自分の体重よりも遥かに重いゴミ袋を引き摺って場所まで移動して置いておく。最期に、皿洗いである。さて困った。また椅子を持って移動せねばならない。なるべく音を立てないように徘徊しているが亜子が起きてしまうかもしれない。皿洗いを始めると、ヒンヤリとした水が手に濡れる。じゃぶじゃぶと音を立てていると
「誰?おかあさん?」
不味い、起きてしまった。
「にゃあ」
と猫に戻って声を掛ける。
「猫さんかぁ。あれ、でもお皿が⋯⋯ゴミも無くなってる。猫さんがしてくれたの?まさかね。お父さん、戻ってきたのかな」
亜子は首を傾げて、自分で残りの皿を洗ってくれた。良い子である。和香が去ってかれこれ5日が過ぎた。




