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橘紅葉の回想目録 1

挿絵(By みてみん)



  葵とは、昔から従兄としての付き合いがあった。家族の付き合いとして初めて会ったのはもう随分と前の事である。小さい頃は一緒に遊んだ事もあるが、それもほんの一時の間だった。なにせ、幼い頃から神社の跡目を継ぐ者として、私達姉妹は厳しい修行に明け暮れたから。陰陽庁に所属する他の子と一緒に召喚術を学んだり、実践を通して低級な妖怪や悪霊を退治してきた。小学生高学年になったくらいですでに、小太刀二刀の腕もかなりの物になったと自負していたくらいで。まぁ早苗お姉ちゃんには敵わなかったけど。ある日正月の家族の集まりの日に、お爺ちゃんが酒の余興にとんでもない事を言いだした事が思わぬ事態へと話が転がった。


「葵と、紅葉達だとどっちが強いんかのう?」


畳の部屋で座布団を敷いて、長い机にはおせちや郷土の料理が沢山出ていて美味しそうに豪華な正月の朝食を平らげていた私達子供の箸がぴたりと止まる。それまで談笑していた葵の母と私達の母親もその一言でお喋りが止まった。ただでさえ、正月の恒例行事初詣を家族で乗り切り神社に静けさが戻った4日目の朝である。私も葵も正直うんざりしていた。


「そういえば、ちょっと気になりますね」


父が酒を注いで、面白そうに言う。


「うちの愚息がボコられる未来しか見えないんだが。まぁ、余興としては楽しめそうだな」


葵の父である龍二おじさんも乗ってきたので、酔っ払いを止められる雰囲気でもなくなり葵と私は神社の境内の中で木刀を構えて対峙する事となった。私は小太刀二刀の構えを取って、葵が一刀の構えを見せる。木刀の長さもそれぞれ違い、私の持つ小太刀の方が当然短い。長さで言えば葵が有利であり、手数で押せればこちらの有利とも言える。


「全く、何で朝っぱらからこんな目に」


「仕方ないでしょ。うちってこんな家系だし」


かたや内閣に身を置く護衛職。もう一方は京都を守護する役目を負う退魔師。二人共息を整えて相手を見据える。私はさっさと終わらせようと自分から仕掛けた。地面を蹴って小太刀を交差させて突進するも、葵は余裕の表情でそれを受け止める。弾いて後ろに下がり、今度は体術と剣撃を駆使して攻撃を始める。蹴りを回避しながら、剣撃を捌く葵の防御に隙が無い。今度は葵の攻撃が始まって、小太刀で防御に徹する。片方で受け止めている間に突きを放つと、葵は後方へと下がった。


「やりますねえ葵君も」


「ほっほ!!伊達にわしが仕込んどらんわい」


「愚息が知らん間に剣術がいっちょ前になってる事にショック」


「兄さん教えてないんですか?」


「じぇんじぇん教えてない。んな暇無ぇし」


3人共、酒を飲みながら騒いで見物している。埒が明かないので、動きを変える事にした。刀の持つ手を逆手に変えて、少し跳躍する。勢いよく右の小太刀を受け止められるがそれも手の内。円の動きで腰を捻って左の小太刀を刺そうとするもいつの間にか葵の軸足を私と同じ方角の円移動していて立ち位置変えられ、捌かれた挙句に打ち付けられて一本取られる。


「参りました」


「攻撃に特化し過ぎだな」


「うっさい!!」


今度は葵と早苗お姉ちゃんの勝負が始まって、余裕で葵が勝った所を見て私は悔しさを覚えた。うちの父が神社を継ぐ事になった経緯は兄の龍二おじさんが弟の父に譲ったからだと聞かされているが、本来は許されない前代未聞なのだとか。加えて男の子を産むことが出来なかったせいで、代々続いて来た男に継がせるという伝統も出来そうに無い父は昔からこれに関して嘆いており、何故男に生まれてくれなかったのかと酒が入ると漏らす言葉でもあった。龍二おじさんは魔術に興味を持ったが故に神社の事はからっきし興味もないらしく


「紅葉ちゃんと、早苗ちゃんに継いで貰えばいいだろ。もしくは嫁さんと頑張れ」


と突き放しているにも関わらず、木刀とはいえ、葵の剣術を目の当たりにした父は帰省する別れ際に葵の肩をがしっと掴んでとんでもない事を言い放った。


「葵君、うちの早苗か紅葉を嫁に貰ってくれないか」


「あら、あなたにしては良い案ね。楽しくなりそう」


お母さんもボケてる場合じゃない。私は思わず大声で叫んだ。


「はあああああああああ!?ちょっ、お父さん帰り際に何言ってんの!?しかも娘に何の話もせず!!」


「いいじゃないか、血も濃くなるし元に戻せるんだから言う事ないだろ」


「寛治、どんぐらいマジで言ってる?」


「正真正銘のマジだよ兄さん。大体、兄さんが悪いんじゃないか!!長男に生まれた責任から逃げたツケを今払って貰おうじゃないか」


さぁ、さぁ、さぁ、さぁ!!と龍二おじさんに詰め寄る父。


「そりゃお前の『夢』を奪ったのは悪かったと思ってるがなぁ」


ぽりぽり、と頭を掻いて龍二は溜息を吐いた。


「分かったよ、じゃあ葵はこっちに任せるから煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


今度は葵の目が丸くなって大声を張り上げた。


「おい、親父!!何勝ってに決めつけてんだ!!向こうに友達だって居るんだぞ!」


「だってー・・・俺ここで神社継ぎたくないし。引っ越しだと思えば?」


「だから息子を神社に継がせるってか!?」


「いやだからさ、最終的な判断は葵が決めればいいんだって。葵が継がなかったから紅葉ちゃんか、早苗ちゃんに継いで貰えばいいんだから」


「それでいいよ。いやぁ、これで陰陽庁の幹部連中に意趣返しが出来そうだ」


「本音はそれかよ。まぁ伝統に煩い連中相手に良くやってるよお前は」


「そうなんだよ。あいつらマジで冷ややかに馬鹿にしてくるからね。

何度殺意が沸いたか」


若干、沸々と憤怒しながら目に涙を浮かべる父。


「じゃあ、葵。向こう帰ったら荷物の準備しとけよ」


私の母と葵の母親は未来の話に花を咲かせてるし。


真っ白になって固まる葵と私。早苗お姉ちゃんは楽しそうに笑っている。


龍二おじさんが葵の肩を叩いたその瞬間から


私と葵の共同生活が幕が開いた。


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