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幸運を呼び寄せる呪いの数珠

作者: 霜野由斗

 4月4日 13時20分


 季節外れのかき氷を注文する。


 俺は、近所で開催される花見を兼ねた春祭りに来ていた。

 地方の祭りではあったが、それでも多くの人々が行き交っており、祭りは大いに盛り上がっていた。

 俺はひとしきり桜を見た後、立ち並んでいる屋台に訪れた。

 焼きそば、タコ焼き、ベビーカステラ、そしてかき氷を注文した。

 まだ本格的な夏にはなっていなかったが、それでも数か月前の冬の寒さから解放され、ほんの少しだけ冷たいものが欲しくなってくるこの季節と意外にも相性が良く、とても美味しかった。

 桜も見て、お腹もおおよそ膨れ、特にやることもなくなったため、そろそろ帰ろうとした時だった。


(ん? なんだあれ?)


 そう思ってしまう様な奇妙な店を発見した。

 屋台が並んでいる道からは大きく外れており、しかし確かに店としてその場所に存在していた。

 普通だったら特に気にもせずに帰るところだったが、家に帰っても特にやることがなかった俺は、暇つぶしがてらにその店に訪れた。


「ん? あら! お兄さん、いらっしゃい。どれにしますか?」


 店員と思しき老婆が元気に挨拶してくれた。


「いやっ、あのすいません。ここって何屋なんですか?」

「ああそうだった、まだ何も言ってなかったですね。ここは数珠屋です。こうやっていろんな色の数珠を売っています」

「は、はあ」


 宗教やオカルトに対して特に興味がなかった俺にとって、こういった類の物は眉唾ものでしかなかった。


「その……、なにか効果とかあるんですか?」

「はい、色々とありますよ。この黄色の数珠は仕事、この桃色の数珠は恋愛・愛情、この青色の数珠は人間関係や友情が良くなる効果があるんです」


 より一層怪しくなってきた。

 どう見てもそれっぽい色にそれっぽい言葉を乗せただけのようにしか見えない。


「えーっと……、ん? 御婆さん、この色は何の効果があるんだ?」


 並べられている数珠の中に一つ、特に何も書かれていない真っ黒な数珠が置かれてあった。


「ああ、それですか? 特に決まった効果はありません。これは全体的に幸運を呼び寄せる数珠なんです」


 もはやここまで怪しく見えるものもそうそうない。

 特にそれっぽい言葉が思いつかなかったのか、それとも敢えて言葉を乗せない事で、なんかすごい物感を出そうとしているのかは知らないが、いくらなんでも「全体的に幸運を呼び寄せる」は都合が良すぎる。

 もしも仕事運が上がると銘打って買わせるのなら「俺は今仕事運が上がっているから、色んな仕事を受けてみよう」となって結果的に上手くいく、といったプラシーボ効果のような物が期待できるが、流石に「全部うまくいきます」は色々とめちゃくちゃすぎる。


「んー、……ただ、自分こういう物って無くしやすい人なんですよね」

「大丈夫さ。たとえ無くしてしまったとしても、必ずあなたの元へ帰ってくるようになっているんだ」


 そこまでいくと、いよいよアーティファクトやらオーパーツの部類に入ってきてしまうのだが。


「それで、どうしますか? お兄さん、どれか買っていくかね?」

「…………それじゃあ、その黒い奴をください」

「あらっ、どうもありがとう。それじゃ1500円ね」


 もしも本当に効果があるのならそれでいいし、ゲームや漫画・アニメなど、色々趣味はあるものの特に一度に万単位のお金を使うこともなく、それなりに貯金が溜まっていた俺は、試しに「全体的に幸運を呼び寄せる」黒い数珠とやらを買ってみることにした。


「はい、これ数珠ね。ありがとうございました。」

「はい、それでは」


 こうして俺は、奇妙な店を去っていった。




 おかしくなり始めたのは、それからだった。

 それから数日後、俺は家でアクションゲームをしていた。

 それなりにストーリーも進んでいき、いよいよラスボスとの戦いに突入していた。

 やはりラスボスであるからか、ほとんどの攻撃が非常に強力であり、こちらもかなりの苦戦を強いられる。

 しかし、そんなラスボスとももうすぐ決着が付きそうなほどに、相手の体力を減らした時だった。


ピーー--。


 突然、モニターから謎のビープ音が鳴り響き、それと同時にモニターの画面が一切動かなくなってしまった。


(は? えっ? ちょっと、おい、動けよ!)


 その思いも虚しく、しばらくするとモニターの電源は完全に切れてしまった。

 焦ってすぐに電源ボタンを押すと、幸いモニター自体が壊れていた訳ではないらしく、すぐに電源が付いた。

 しかし、先ほどまでのラスボスとの戦いの記録は完全に消滅し、またラスボス戦をやり直す羽目になった。


(ちっ、ついてねえなあ。やっぱ数珠買った意味ねえじゃねえかよ)


 すぐにラスボス戦をやり直すやる気も湧いてこず、結局俺はそのままふて寝することにした。




 それくらいであれば、まだ「偶然」で済ませられた。

 しかし、事態はこれだけで終わる事はなかった。


 先程の出来事から、さらに数日後の事だった。

 俺はモニターが壊れかけたこともあってか、久しぶりに車での旅行をしようと思い立った。

 草津の温泉に浸かりたいと思い、高速道路に乗ってしばらくした時。


ブウォオウォオウォオウォオ


 突然エンジンの方から、謎の駆動音がした。

 数日前の出来事を思い出し、嫌な予感がよぎる。

 案の定車はどんどん速度を落としていき、完全に動かなくなってしまった。

 幸いあらかじめ左の方に車を寄せていたため、事故ることはなかったが、それでもここ数日以内にいろいろな事が起こってしまい、家にたどり着いたころにはすっかり疲れ果ててしまった。

 家に帰ってこれたのは良いものの、あんな事が起こったすぐ後に何かをする気も起きず、数日前の出来事もあってか、俺は体の疲れを癒すために、早急に寝ることにした。




 悪い事と言うのは、どうやら連続して起こってしまうらしい。

 先程の事件が起こった後もなお、事態が終わる事はなかった。


 高速道路での事件があって疲れ果ててしまった俺は、その日はすぐに寝床に入った。

 その翌朝の事だった。

 起きてみると、異常に喉が渇いている。そして何よりも体が熱い。

 この時点で俺はもう半ば呆れていた。

 体温を測ってみれば、ちょうど38.0度。

 十分高熱と言えるような高さであった。

 幸い特にこれと言った重病にかかったわけではなかったようで、1~2日も経てば、すっかり収まった。

 しかしどう考えてもおかしい。


 あの黒い数珠を買ってからというもの、やたらと不幸な目に遭い過ぎている。

 しかし、俺はひとつあることに気付いた。

 それは、今まで起きた不幸な出来事の全てに「幸い」な部分があったということだ。

 もしかしたらこの数珠のいう「幸運」というのは「突然空からお金が降ってくる」とかそういったものではなく、「不幸な事態をそれなりに軽減してくれる」というものなのだろうか。

 だとしたらなんて回りくどい数珠なんだ。そんなことをするのなら素直に空からお金を降らせればいいのに。

 ……いっそのこと、捨ててしまおうか。

 もし本当になにかしらの効果があったとしても、なんだか縁起が悪い。

 いや、やめておこう。そんなことをして、数珠にかかってある本当の呪いをかけられでもしたら、たまったものじゃない。

 ここは素直に「数珠のおかげでこの程度で済んでいる」と考えることにしよう。




 先ほど悪いことは連続して起こってしまうと言ったが、今回はちょっと毛色の違った不幸だった。


 そう。数珠自体が無くなってしまった。


 ない。どこにもない。まずは持っているバッグの中身等をひたすら探し回ったがない。

 自宅の床などに落ちてないか這いずりまわって探してみたが、やはりどこにもない。

 本当にいつ間にか無くしてしまっていた。

 いろいろな事が頭をよぎる。先日少しだけ考えた「もしもこの数珠を捨てたり、無くしたりすると数珠にかかってある本当の呪いをかけられる」

 その可能性がわずかばかりでもできてしまった。

 しかし、もう過ぎてしまった事を悔やんでも後の祭りだ。

 俺は、無くなった数珠の事は敢えて気にせずに、そのまま過ごすことにした。




 悪いことが起これば、その分だけ良いことが起きる。そんな迷信だが、意外と真実であるかもしれない。

 数珠を無くしてからというもの、俺の生活は一変した。


 まず最初に起こった出来事は、またしてもアクションゲームについてだった。

 俺は、先日モニターがフリーズして無かったことにされたラスボス戦を、もう一度やり直すことにした。

 一度やったはずの作業を無かったことにされ、また一からやり直す作業ほど、やっていてつまらないことはないのだが、その日は少し違った。

 つい先日までは避けるのに苦戦していたはずの攻撃が、すんなりと避けれる。

 ラスボスがすさまじい速度で動き回り、一度だけでも攻撃を当てるのに苦戦していたはずが、楽々と当てれる。

 俺のプレイスキルは知らないうちに大きく向上しており、意外にもあっさり倒すことができた。

 長い時間をかけてたどり着いた最後の敵が予想に反して弱いと、大抵の場合つまらないと感じてしまうのだが、今回の場合はやり直しという側面があり、そして何よりも自分自身の成長を実感できたからか、達成感を味わうことができた。

 こうして俺は、その達成感の愉悦に浸りながらそのまま布団に入ると、朝までぐっすりと眠った。


 次に起こったのは、競輪に関する事だった。

 俺は時々競輪をするのだが、その日もいつものように単勝はこいつにしようだの、三連単はこの順番にしようだなんて決めてから席に着くと、いざレースが始まった。

 序盤から順位が入り乱れるように次々と変わっており、最後まで誰が勝つかわからない熱いレースであったのだが、なんとその結果が1位/2番・2位/1番・3位/5番(2-1-5)と俺の予想が見事に的中していた。

 払い戻し金である16万円が返ってくると、その日は上機嫌になって、久しぶりに一人焼き肉へと向かっていった。

 その後も俺の生活は中々に順調だった。

 大学での単位も1年生の頃から今の3年生までにかけて、コツコツと積み上げてきたおかげで、特に心配することもなく、履修登録に関しても流石に慣れたからなのか、難なく完了することが出来た。

 アルバイトに関してもやり始めてから3年が経ち、それなりに要領よくこなすことが出来るようになり、店長からも褒められることが増えるようになった。




 だが、そんな順調な生活も、永遠には続かなかった。

 

 あれから数か月が経ち、気が付くと企業が行うインターンシップによる早期選考が開始していた。

 俺自身も例にもれず、様々な企業のインターンシップへと赴いていたのだが、ある日家に帰ってしばらくくつろいでいると、突然体に痛みが走った。

 最初は、てっきり筋肉痛やら足や首がつったやらの、大して気にすることもない痛みだと思っていた。

 しかしどうにもおかしい。この痛みが一向に治まらない。

 まさか癌?しかしある程度食生活に気を付けて自炊をしており、まだ大学生である俺が癌にかかったとは考えにくい。

 だがここは大事を取って、次の日に俺は病院へと駆け込んだ。

 やはり医者も最初は癌を考えたが、癌だと仮定してもなかなか無い症例らしく、首を傾げていた。

 とりあえず試しにレントゲンを撮ってみようかと医者が提案し、そのままレントゲン室へと案内され撮影した。

 医者が撮影結果を注意深く観察する。すると、突然医者の顔が一気に青ざめていった。

 この時点で俺も嫌な予感がよぎった。まさか……本当に……。

 そう考えていると、診察室内に流れる沈黙を吸い込むように、医者がこう口を開いた。


「松浦さん……、あなた……、いや、だとしても明らかにおかしい……」

「何かあったんですか?」

「松浦さん、あなた最近、何か丸いものを飲み込みましたか?」

「えっ? いや、そんなことは全然ないですけど」

「ここ、見てもらってもいいですか?」


 恐る恐るレントゲンを覗き込む。


 俺の体を映したそのレントゲンには、所々に小さく丸いものが映り込んでいた。

 しかもその場所がおかしい。胃や腸などの消化器官の中から発見されたのだったら、まだ「誤って気付かないうちに飲み込んでしまっていた」という可能性が考えられるが、肝心の発見された場所が肺と胃の間や太ももの筋肉の間など、どう考えても入り込む隙間がない場所だったのだ。


「なんで……、どうして…………」


 俺は、ありとあらゆる出来事を思い出していった。

 その時、全体的に幸運を呼び寄せる黒い数珠とやらを売ってくれた、あの奇妙なお婆さんのある発言を思い出した。




「んー、……ただ、自分こういう物って無くしやすい人なんですよね」

「大丈夫さ。たとえ無くしてしまったとしても、必ずあなたの元へ帰ってくるようになっているんだ」




 確かにあのお婆さんは、嘘はついていなかった。

 たとえ何度俺の元から去っていったとしても、必ず俺の元へ帰ってくるのだから。

 恐らくあの数珠は、持っている人物の幸運を一時的に吸い取り、そしてその人物の元を離れる際に、あらかじめ吸い取っておいた幸運を返す力を持っているのだろう。

 これからの俺の人生は、文字通り「不運な時期と幸運な時期が交互にやってくる人生」なのだろう。

 果たして、その不運とやらに「この数珠の所有者が亡くなる」というのが含まれているのかどうか、それは所有者である俺自身ですら、わからない。


~幸運を呼び寄せる呪いの数珠~ 完

読了していただきありがとうございます。感謝します。

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