第5話 お願い
「そんな…」
青ざめたサラが俯く。
私は、そんなサラの手を握ることしかできない。
モルモットの脱走は、研究所の大人が仕組んだ罠だった。それこそイベントといって仕舞えばいいような、そんな馬鹿げたものだったのだ。
私達は、大人たちにいいように使われて、いいように操られて、いいように殺される。
恐怖や暴力なんてもので縛られて。
「サラ、逃げよう」
「レモちゃん…」
サラの瞳が不安げに揺れる。
「こんなところで、私は死にたくない。サラと一緒にいたい。だって逃げられるんだよ。逃げられる、なのに、サラは逃げたくない?このままここにいたい?」
「それは…」
「サラ、選んでよ」
握っているサラの手をギュッと強く、強く握る。
卑怯でごめん。でも、これは自分で決めなきゃいけないことだから。
例えば夢から覚めて、私がここからいなくなっても、サラが1人で生きていくために、貴方のことを私が勝手に決めてはいけない。
サラがこれから生きていくためには、自分で決めなくちゃ、だから、貴方に選んでもらわなくちゃ。
「私もここから逃げるか。それともこのまま研究所で飼い殺されるか、選んでよ」
「…逃げて、どうするの?私たち、子供なのよ、どうやって生きていくの?それにもし、捕まったら…」
「有り得ないよ。捕まるなんて、私とサラは強いんだから。それに、逃げた先でどうするかは、私に考えがあるの」
だから信じて。
私は言う。卑怯なことを言う。優しい貴方を誑かす。誑かす。
「…わかったわ」
ごめんなさい。
「ありがとう…」
サラ、サラ、サラ。貴方のために生きるから。私は私のために、貴方を言い訳にして生きるから。貴方のためだと、言い訳にして生きるから。
貴方は、本当に貴方のためだけに生きて。
貴方が幸せになるために。
貴方が喜びを感じられるように。
貴方が楽しいと思えるように。
貴方は、私を消費して生きて欲しい。
きっと、優しい貴方はそんなことよしとしないけれど、私はもう、貴方に死んでほしくないから。
「いつ、逃げるの…?」
「早い方がいい、ね。計画を話すから、よく聞いて」
真剣な顔のサラ。
私は計画を話しながら、周りに気を配りながら、ただただ貴方に謝る。
生きることは苦しくて、辛い。
それを強要する資格なんて私にはない。
だけど、それを選んでくれた貴方に感謝を。
私は貴方を…。
「レモちゃん」
「なに?」
「ありがとう。レモちゃんが優しいこと、私はよく知っているの。私はよく、わかっているわぁ」
「…そんなことないよ」
サラの方が優しいし。
それを私もよく知ってるし、わかってるよ。
そう言っても、サラはその主張を頑としてやめなかった。
なんだか珍しく、申し訳なさそうな、そんな顔で笑ってた。