第1話 逆行
バチンと、頭に響く大きな音と、脳を揺らす痛みに視界が白く弾ける。
カヒュッと、喉から空気が漏れる音がして、私は地面に倒れ込んだ。
腕に刺さった針が抜けて、チューブがバラバラになる。痛い、痛い?いや、痛くはない。そんなのとっくの昔に無くなった感覚だから。
可笑しいな、どうして私、意識があるんだろう。あんなにおもいっきり魔力を込めて、心臓を攻撃したのに。
お腹に受けた傷は?ないみたい。代わりに腕に無数の注射痕がある。折角薄くなっていたのに、どうしてまた付いてるんだろう。
そろりと周りを見れば、2、3人の白衣を着た大人がなにか喚いている。耳鳴りがひどくて上手く聞こえない。なに、ここは。
ここは、まるであの施設のよう。私が、昔いたあの、地獄のような。
もしかして、これが死後の世界なのだろうか。たくさんたくさん、悪いことをしてきた、化け物になった私の、罰なのだろうか。
だとしたらあんまりだ。よりにもよって、この研究所だなんて。
私がぼんやりしていると、大人の1人が腕を掴んできた。その時にも何か言われたけど、ぐらぐらする頭では上手く認識できない。
ずるずる引き摺って連れてこられたのは、子供部屋。
子供部屋、ここもそっくり。あの頃、この部屋に連れてこられたら、今日の実験は終わりだって、ほっとしたっけ。逆にこの部屋にいる時に大人が入ってきたら、今日の実験対象に選ばれるんじゃないかとビクビクしてた。
嫌な思い出。10歳だったかな、それくらいに、あの男に滅茶苦茶にされて閉所するまで、私はここで実験モルモットをしていた。
私だけじゃない。子供が何人もこの研究所にはいた。親が死んでしまった子、攫われてきた子、親に売られた子、捨てられた子、そんないらない子供たちが、飼われていた。
私は5歳のとき、ここに売られた。うちは貴族だったけれど、田舎の下級男爵で、親は領主としては無能。借金だらけで、少しでも足しになればと、あっさり売られてしまった。
双子の姉がいたけれど、私とは似ていなくて、美しい赤毛に少しくすんだ緑色の目をした、可愛らしいあの子は、親にとても大事にされていた。
対して私は、白い髪に金色の目で、3歳まではお祖母様にとても可愛がっていただけたけれど、お祖母様が亡くなってからは、誰にも相手にされなくなってしまった。
両親に似ていない私は気持ち悪いと、可愛くないと、異端だって、虐められて、そして売られた。
最初は恨んでいたけれど、今となってはどうでもいい。親が子を無条件に愛するなんて『まやかし』なんだから。
それを、知ってしまったから。
私を引きずる大人が、子供部屋の扉を乱暴に開ける。
中にいる人の怯えた気配が伝わってきて、少し申し訳なくなった。こんなところまで、そっくりだなんて。
私は中に投げ捨てられ、大人はさっさと行ってしまう。しばらく息を潜めて、完全にいなくなった気配を察してから、ようやく息を吐いた。
これは何なんだろう。死後の世界?それとも、死ぬ前に見る夢だろうか。
夢ならば、夢であるならば、どうせこの研究所の夢を見るならば、あの人に会いたい。
ぼんやり霞んだ意識と共にあの人の顔が浮かんでは消える。
そう願うことすら、いけないことだろうか。