プロローグ
…血の匂いがする。
ぼやけた視界に、砂煙と、青空が映った。
私は今、仰向けに倒れている。
体に力が入らない。ぬるりと手に何かが触れて、それが自分の血であることをなんとなく理解した。
だって知っている。何度も、何度も何度も何度も、この手は、生温い誰かの血に染まった。
どうしてこんなことになったんだろう。
どうして私だけが、こんなことになってるんだろう。
私は生きたかっただけ。私は生きなきゃいけなかった。私を庇って死んでしまった、あの子の分まで、生きなくちゃいけなかった。
だからどれだけ汚いことも、悪いことも、生きるためにやってきた。それしか道はなかった。こんな私が、生き残るためにはこれしかなかった。
罰だというなら、仕方がないのかもしれない。
でもじゃあ、どうして?
どうして、私と同じ、王子の暗殺を命じられた彼は生きてるの?血に濡れた剣を持って、私を睨みつけている。
どうして、私と血の繋がっている、双子の姉が生きてるの?そうやってみんなに守られて、支えられて、どうして、どうして貴方だけが。
どうして嘘をついたの。どうして騙したの。どうして貴方だけが愛されてるの。どうして貴方が選ばれたの。
どうして、そんなこと言うの。やめて、化け物だなんて言わないで。
あの子が近づいてくる。周りが騒ぐ。彼女が微笑む。周りが黙る。
姉が、私のそばに。耳元で、囁く。
…
…
…
あーあ。
どうして、私、生きていたんだろう。
どうして私、こんな人に愛されたいって、思っちゃったんだろう。
私は化け物なんだから。無理なのに。私は汚いんだから、私は気持ち悪いんだから。
でも、貴方だってそうなんじゃないの。花が綻ぶような、そんな笑顔で、なんて醜い言葉を囁くの。
そして平気で、嘘をつく。妹にお別れを言いたいの、だって。笑える。
「あは、あははははははははははは!!!」
「!?」
ああ、驚いた?あは、そっちの方が似合ってるんじゃない?眉を寄せて、目を見開いて、ふふ、私たち、やっぱり双子だね。
辛うじて動く右手を心臓の真上へ動かす。
後ろの彼らが騒いでいるけれど、知ったこっちゃない。
怯えたように後ろへ下がる貴方。はは、別に貴方には何もしないよ。ただ、ちょっと気に食わないじゃない?
貴方なんかに、殺されたくない。
どうせ死ぬけれど、もう少しで死んでしまうけれど、でも、最後くらいは、私は自分で選びたい。
ばいばい、お姉様。私、貴方のことが嫌いです。貴方も私が嫌いでしょう。ざまあみろ。貴方は私を殺せない。
ごめんなさい、サラ。私、貴方に助けられた命を、ここで捨ててしまう。
ありったけの魔力を右手に込める。
バチンと大きな音がして、私の意識はそこで途絶えた。