V5_僕らはロールプレイヤー
「ちょちょちょちょぉおっと待っていただいてもよろしいですか!?」
カウンター越しの少女へと一目散に嚙みついたのは先ほど大きくため息を吐いたカッツではなく、その脇でジッと事の行く末を見守っていたシノだった。
「カッツさんっ!ちょっと良いですか!?」
カウンター前に立つカッツの腕をぐいと取ると、そのまま強引に店の出入り口の方まで引っ張って行く。
男性アバターであるカッツを女性であるシノが何の苦も無く引っ張るその光景。一見珍しいように思えてしまうがことGMF内においてはレアな光景では決してない。
GMFは完全スキルポイント制を導入している。モンスターの討伐を行ったり受注したクエストをクリアすると、プレイヤーはそれぞれ設定されている経験値入手できるようになっている。
その経験値を一定数集めレベルを上げる事でプレイヤー達はスキルポイントと呼ばれるものを入手出来るのだ。
「いきなりどうしたんだよ……。ってかシノ、見かけによらず結構力が強いんだな」
「あはは、お恥ずかしい。狙撃銃って見た目通り結構重くて……筋力値にポイントを振っておかないと移動にペナルティがかかることがあるんですよ」
そして入手したスキルポイントを基礎ステータスや戦闘スキル、その他多種多様なスキルに割り振ることでプレイヤー達は自らのアバターの能力を向上させることが出来るのだ。
「あぁ、なんとなく察した」
「は、恥ずかしいからあんまりジロジロ見ないでくださいねっ!そ、その……筋力値が高いのは仕方なくなんですからっ!」
頬を僅かに膨らませながらぐいと顔を寄せるシノを見て、カッツこと洋輔は直前の夕食時のことを思い出した。
「……どうしたんですか、急にそっぽ向いちゃって」
「い、いやぁ!その、可愛い子がこんなに近くに居るって慣れなくてさ」
自らの様子を心配そうに覗き込んでくるシノについついカッツの本音が漏れる。
「か、かかかかか可愛いっ!で、ですか……っ!?」
シノの表情がどんどんと緩んでいくのを間近でカッツは目の当たりにする。幾ら最新鋭のヘッドギアとはいえ、装着者の顔色までを再現する機能はさすがに備わっていないはずだ。しかしシノの慌て具合は不思議とカッツに頬の染まり具合までをも伝えてくるようだった。
「あ、いや、今のはその、アバターの話であってシノ本人の話ではっ!」
自らの失言に気づいたのか、カッツの方こそ頬が茹で上がってしまいそうだった。
確かにお隣の美少女は可愛い。天使だ。しかしそれを本人に言えないからといってこうして仮想空間で伝えてしまうのはどうなのだろうか。
詩乃に対して失礼に当たったりするのでは。ましてやセクハラで訴えられなどした日にはあえなく垢BAN、つまりアカウント停止の処分さえ下ってしまう恐れもある。
近年仮想空間でのユーザー間でのセクハラ行為は深刻な問題にもなっている。自分の今の発言がそれに当たってしまうのではないかと洋輔は内心焦りっぱなしだった。
「でも、私のアバターをカッツさんは可愛いと思ってくださってるんですよね?」
「あ、えっと……はい」
今更だが、出会った時から彼女のことを凄く素敵なアバターだなと意識はしていた。肩まで伸びた淡い青の髪は晴れた日の空を思わせるほどの爽やかさ纏っている。
目鼻立ちも整っていて少女らしい明るい魅力を放っていた。それでいてしなやかな手足が快活そうな少女の裏にある儚さに似た何かを惹きたてている。
洗練されたそのデザインは、どことなくカッツにお隣の天使様の姿を想起させた。思えばこうして彼女の容姿を魅力的に思ってしまったのは、そのアバターに四宮詩乃の面影があったからに違いない。
「あのぉ……」
重なり合う視線が建物の出入り口周辺に甘い空間を生み出す。
しかしそんな空間に水を差すかのように、店の奥から乾いた少女の声が飛び込んだ。
「アイテム売買中にイチャつかないで貰えますかねぇ?」
「「イチャついてないっ!」」
綺麗に重なり合った声にカウンター越しの少女も呆れ顔を抑えきれない。というより、元より彼女の性格からしてそれを抑えようという気なんて最初から存在しなかったのだが。
とかく机の上にごとりと閃竜の鱗を置きながら、少女はテーブルについた肘の上にそっと不満顔を乗せた。
「と、とりあえずですね……」
ぼそり。店番の少女の機嫌を損ねないようにとシノは小声でカッツへ告げる。
「流石に2万ガルは安すぎですよ……。仮に山分けしても私なんか弾代の足が出ちゃいます」
「もちろんそれは分かってる」
「閃竜の鱗」。閃光竜と呼ばれる希少な種類に属するモンスターからしか落ちないレアドロップアイテム。プレイヤーの間ではかなりの高値で取引されていることで有名な一品だ。
現在GMFに実装されている閃光竜は高難易度ダンジョンの最深部にポップするか、先のような緊急クエストでしか遭遇することが出来ない。
更にはダンジョンで出会える閃光竜からのドロップ率は極めて低く、実はカッツもシノも実物を目にするのは今回が初めての事であった。
「俺が聞いた話だと50万ガルはくだらないって話だったけどな……」
ちらと少女の様子を伺うようにカウンターへと視線を飛ばす。そこでは今だ相談事を続ける二人に飽きたのか、つまらなさそうに店番の少女が中空でゲームウィンドウを弄り回していた。
「とにかく一度交渉してみよう。もしダメだったら他の店に相場を聞くってことも出来るだろうし」
「で、ですね……!」
シノが納得する様子を見て、カッツはカウンターの少女に向き合う決意を改めて固め直す。
「あ、そうだシノ」
「どうしたんですか?」
それに、カッツには一つだけ少女が気に入りそうな話題に心当たりがある。
「最後になんだが、独眼竜が現れる直前に変わったことはなかったか?」
「そう言えば、モンスターのリポップが突然途切れたような……」
そこまで聞ければ十分だ。カッツはシノへと礼を述べるとすぐさまカウンターへと踵を返す。
「なあ」
「お、どうするか決まりましたかー?」
にやり。カウンター越しの少女の口元が不気味に笑った。
「結論を出す前に聞きたいことがあって」
「ほう、いったいどんな内容でしょう?」
「どうしてこれほどのレアアイテムがそんな安値なんだ?」
「聞きたいですか……?」
勿体ぶるように少女が言う。まるで強大なモンスターにでも相対しているときかのような緊張感だ、とカッツは思った。
「いやぁこちらのギルドにもいろいろありまして」
「そりゃ災難だな」
交渉事が不慣れだと思われないよう必死に言葉を選び続ける。
「ええ、なんでも我がギルマスのラスターシャ曰く、もうちょっとしたら大規模なご入用が発生するかもだとか」
なるほど、とカッツは唸った。どうやらようやく自分とまともに交渉事をしてくれるつもりになったらしい。
彼女の方から所持している情報を晒した事がその表れだ。
「それじゃあこれはどうだ?」
カッツはインベントリから取り出した便箋にメッセージを書き込むと、それを少女の方へと突き出すように動かした。
「《55区画の東側》」
便箋の文字にちらと目を通すと少女は再び口を開く。
「45万ガル」
ほう、と思わず口元から息が漏れる。突然の値上げ。流石商売人だ。扱うのはモノではなく、モノを通して生み出される価値。
アバターの中身がどういった人間なのかは不明だが、これはまたなかなかのロールプレイだとカッツは心中で称賛を送った。
しかしまだここで引き下がる訳には行かない。相場には5万ガルも届いていないのだ。きっと彼女を満足させるとっておきの情報が眠っているはず。
「実はな……」
そう考えたカッツはとどめの一打を放つ為に口を開いた。
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それでは次話ッ!