V4_街へ出かけよう
「それじゃあ早速換金に参りましょうっ!」
第40区画の東に位置するアイレンスタッドはGMF内でも有数の拠点の一つである。アクセスタイムが増える夜という時間帯もあり、街中はログイン中の多くのプレイヤーで賑わっていた。
中世ヨーロッパをイメージした街並みの中には多くの店や家がひしめき合い、方々からはプレイヤーやNPC達の賑やかな声が飛び込んでくる。
そんな街並みのとある一角で、カッツはまるで抱き着かんばかりの距離のシノに迫られていた。
「わ、分かった分かった……」
アイテム欄を素早く開くと「閃竜の鱗」がしっかりと入っている事を確認する。その仕草を横目に見ながら、相変わらず薄汚れたローブに身を包んだ青髪の少女は両の手のひらをこすり合わせた。
「むふふ……。取り分は半々ですからねぇ!」
「あぁ、ちゃんと覚えてるよ」
「ホントですか~?」
「ほんとほんと」
隣でぴこぴこと跳ねるシノをあしらいながらカッツは手早く地図を開いた。この街の商会本部と主な商業ギルドの拠点をチェックするためだ。
「商会本部は大通りの突き当りで、あー、40区画は「黄金航路」の支店がないのか……」
「「黄金航路」さんは低難度エリアのドンですからねぇ」
カッツの持つ地図を強引に覗き込みながらシノがぽつり呟いた。
「他に心当たりは?」
「そうですねぇ……私が知ってる限りだと、後は「Wonder Tax」と「マゼラン」ぐらいじゃないですか?」
「そっちはあんまり馴染みがないんだよなぁ……」
「どちらもそんなに変わりませんよ」
先ほどから二人が口にしているのはGMF内に存在する大手商業ギルドの名称である。
厳密には商業ギルドという括りはシステム上存在しない。だが時折ギルドを創立したプレイヤーが自らのプレイスタイルをアピールするためにこういった名乗りを上げることがあるのだ。
他のプレイヤーたちとアイテムを取引したり、大規模な攻略ギルドに攻略用の装備を提供したり、他にもギルド間の抗争にも暗躍しているとかいないとか。
とかくGMF内のロールプレイの一つとしてこういった楽しみ方を行っているプレイヤーたちの集団がこの商業ギルドなのである。
また、システムが用意しているアイテム取引所が通称商会本部と呼ばれている場所だ。常駐のNPCが取引の応じてくれるがアイテムの換金率は一律。
需要と供給によりアイテム価格の変動が起こりやすいMMORPGにおいて、こちらは少しユーザー間の需要は低めだ。
「近場だとマゼランだな」
「んじゃそこでいいんじゃないですか?」
「とりあえず相場だけでも聞きに行ってみようか」
「はいっ!」
事の発端は三十分ほど前の事。洋輔の自室でのことだった。
彼がGMF内で昼間共闘した魔法剣士であるという事を見抜いた詩乃は食事が終わり次第すぐにゲーム内へと洋輔を呼び出した。
昼間拾ったレアアイテムを直ぐに換金して取り分を渡して貰うためだ。
「っと、そろそろだな」
街中で演奏を行っているプレイヤーや楽しく仲間同士で会話をしているプレイヤーを横目に歩く。
「やっぱりアクティブタイムだから多いですねぇ」
「だな。そう言えば今日の緊急の件はもう情報出てたりするのか?」
「ログイン前にちょっと攻略サイト覗いたんですけど、どうやら53区画にも同じ奴が出現したみたいですよ。まぁ、それはたまたま情報を拾った攻略組が6人がかりで倒したらしいんですけど」
「6人か……」
思えば良くたった二人であれが倒せたな、とシノが口にした情報を聞いて思う。本来はもっと人数を用意して挑むべき相手なのだ。
だが、それと同時に二人でよかったと思うことが一つ。
「6人だと報酬の分け前が大変そうだ」
討伐報酬である「閃竜の鱗」。恐らく武器や防具の素材として取り扱われるであろうこのアイテムだが、独眼竜の討伐時にたった一枚しか入手することが出来なかった。
もしかすると複数枚ドロップすることもあるのかもしれないが、それがもし一枚で固定だったと考えるとゾッとする。
内輪揉めが大の苦手なカッツはその光景を想像し、思わず背筋を震わせた。
「どうしたんです?」
「いや、なんでも。っと、見えたな。あれが「マゼラン」の支店か」
大通りをしばらく行くと、二人にも見覚えのあるエンブレムがぶら下げた建物が目に入った。二つに交差された錨のマーク。大手商業ギルド「マゼラン」のエンブレムである。
「どうもー、誰かいますか?」
扉を開け中に入ると店内には随分とヨーロピアンな装飾が広がっていた。今まで訪れた支店にも似たような装飾が施されており二人には見覚えのある内装だ。
聞けばどうやらギルドマスターが根っからの大航海時代マニアらしい。中世のあの雰囲気に憧れて店内もそちらに寄せているのだと昔地下迷宮の攻略に同行した重装騎士が口にしていたのをカッツは思い出していた。
「あら、お客さんですか?」
そんなことを振り返っていると店の奥から一人の女性が現れる。
細長い耳に背中まで伸びた白い髪。ファンタジー世界のエルフをモチーフにした女性だった。
「アイテムの売却をしたいんです」
「かしこまりました。所属のプレイヤーにメッセージを飛ばしますので少々お待ちください」
そう言って再びエルフの女性は店の奥へと姿を消す。
「この時間なのに常駐してないんですね」
「彼らもせっかくゲームが出来るってのに同じところに籠ってるのも嫌だろう」
「確かに。ギルドのおこぼれにあやかりたいだけって事もあるでしょうし」
そう、先のエルフはこのゲームを楽しんでいるプレイヤーの一人ではない。ゲーム内通貨を支払うことでこういった店舗に常駐させることが出来るNPCだ。
プレイヤーたちはゲーム内で物件を購入し、そこを自由に使用することが出来る。そのためこうして商売を行っているプレイヤーも多いのだがさすがに24時間アバター体でそこに居続けるわけにもいかない。彼らも現実では学校や職場に足を運んでいる人間が大半だ。
そんなプレイヤーのために提供されているのがこのNPCである。
最新鋭AI「ゼウス」によって作り出されるこのGMFの世界はこういったNPC一人一人にもさも人格があるように設定が行われている。そのため時折NPCに心から心酔するプレイヤーが現れることがあったりなかったりするとか。
「はいはいー」
エルフのNPCが姿を消して直ぐ、店の奥から一人の少女が現れた。真っ黒な髪にぴょこんと主張する猫耳。身に着けているのは和服をモチーフにした赤と黒の衣装だ。
「寝てたら急にメッセ飛んできたんですけど……何か御用ですか?」
「あぁ、買い取ってもらいたいものがあって」
「出来るだけ高くお願いしますっ!」
少女はカウンターを飛び越えんばかりの勢いのシノへ僅かに鬱陶しそうな表情を向ける。しかし直ぐに商売モードに入ったのかカッツに向けて片手を差し出した。
「それで、ご希望のものというのは?」
「これなんだが……」
少女の手に一枚の銀の鱗が乗せられた。実体化したそれは大きさにして50センチほど。綺麗な楕円形のそれが周囲の光を吸い込んでそこにいる三人の顔を照らした。
「これはまた珍しいものを……」
「どうだ、買い取ってくれるか?」
そうですね……と何やら真剣な表情を浮かべるとそのまま少女はどこかへとメッセージを送る。
「ちょっと待っててください。モノがモノなだけにギルマスにメッセを送りました。あの人この時間は大抵ログインしてるんで、直ぐに返事が来ると思います」
そう言って少女は近くの椅子へと腰を下ろす。
「に、しても……また随分なものを拾いましたね」
「まぁな」
「どこで討伐したんですか?」
少女の瞳が鋭くなるのがカッツには分かった。
「えっと、実はっ」
「シノ」
話のノリで思わず口を開きそうなるシノをカッツは咄嗟に制した。
「悪い。それは秘密ってことで頼めないか?」
その答えにしばらく思案すると、少女は諦めたように分かりました、とだけ口にした。
「情報は貴重ですものね。分かります」
「察してくれて助かる」
「そちらのお嬢さんにも言っておいてくださいな」
そんな二人のやり取りをシノは困惑の表情で見つめる。一体何を言っているのだろう。という具合なのだから仕方ない。今度リアルであった時にでも教えてあげようとカッツは密かにそう思うのだった。
「っと、メッセ来ました」
少女は中空で数度指を動かすと先ほどまで腰を下ろしていた椅子を離れ二人の元へと歩みを向けた。プライバシーの問題で当然このゲームのウィンドウは他人から視認することが出来ない。
しかしその仕草を見慣れているカッツとシノは、先ほどの動きがギルドマスターからの返信を確認している動きなのだろうという事を直ぐに察した。
「それで、いくらぐらいだって……?」
「そうですね……20kでどうか、だそうです」
三本に突き立てた指を可愛げに振りながら、少女はニヤリと口元を歪めてみせた。
相場の半分。どうやら交渉は難航しそうだ。そう思案したカッツは見えないように一つ大きくため息を吐いたのだった。
と言う訳でお付き合いいただきありがとうございました。
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それでは次話っ