R3_見抜き、いいですか?
「片平さんはGMFをご存じですか?」
瞬間、洋輔の脳裏には今、とてつもなく嫌な予感がしていた。
六畳一間のボロアパートに嫌な沈黙が流れた。夏場だというのに出た直後からひんやりと冷たい汗が額から頬を伝う。
さて、どう答えたものか。普段の学生生活の比にならないほどに頭を回転させた洋輔の答えは――。
「お、俺もプレイしてるんだ、そのゲーム」
というなんともありきたりな答えだった。
「そうなんですか!?私も引っ越しを機に始めたんです!」
洋輔とは裏腹に同類を見つけた詩乃は嬉しそうに部屋の中央で小さく飛び跳ねる。そんな光景に頬が緩みそうになるがそれ以上に何かが胸に引っ掛かり続けている。
「ってことは発売当初からプレイしてる……?」
「はいっ!」
GMFが発売されたのは四月の第一週の事だった。洋輔も事前に予約購入済みで発売当日に勇んでインストールをしたものだ。
つまり詩乃はGMFに関しては洋輔と同じぐらいの期間をプレイヤーとして過ごしていることになる。
「それじゃあご飯でも食べながらGMFの話をしましょうよ!」
ピーピーと簡素な機械音を放つ電子レンジから総菜を適当に盛った皿を取り出すと、洋輔は半ば諦めたように詩乃が座る簡易テーブルの対面に座った。
「そう言えば聞いてくださいよっ!実は今日ソロで55区画に行ったらですね、なんと緊急クエストに遭遇したんですよ!」
ぽろり。タレを満面に纏わせた餃子が洋輔の持つ箸の先から零れ落ちた。
「もう、片平さん何やってるんです~?だらしないですよ」
「あっ、すまんすまんっ!」
餃子を手近のプラスチック容器に避難させ、ボックスティッシュからティッシュを一枚引き抜くと机の上に垂れ落ちたタレをふき取る。
しかしその間も洋輔の動揺はどんどんと肥大していった。
「これがまたでっかくて強そうで……っ!」
嫌な予感の正体はこれか。先ほどまでの胸のざわつきの原因を洋輔はすぐに察した。
いや、まだだ。まだ別人の可能性がある。洋輔が今日独眼竜と戦闘を行ったのは55区画の東エリアだ。
AIにより自動生成される広大なワールドは区画と呼称されるエリアで区分けされている。リアルタイムで生成される区画は日に日に難易度が上がっており、最新エリアの57区画の踏破は後二週間が必要だとユーザー間では囁かれてる。
それほどに広いマップなのだ。同じ区画にいるからといってそうそう出会えるものじゃない。たまたま詩乃が同じ区画に居ただけの話。きっと自分とは真逆の西エリアに居たに違いない。まさか昼間の少女が目の前の天使のな訳が――。洋輔はそう思い込むことにした。
「そしたら魔法剣士の人が助けてくれたんです。あっ!その時にそう言えばナポレオンの話になったんですよ!」
はいビンゴ。洋輔の思惑はあっさりと瓦解する。嫌な予感が的中だ。思わず叫んでしまいそうになるのをどうにか押し殺すために洋輔は手元の割りばしを握りしめた。
「そ、そうなんだ……珍しいこともあったもんだなー」
口をつく相槌も思わず棒読みになってしまう。
「ですよねぇー!おかげさまで私は狙撃に集中できたんです。あの人が前衛を張ってくれなかったら今頃私は相棒を置いてきちゃうところでした」
「相棒?」
「はいっ!AXW110って言うアンチマテリアルライフルなんです!ちょうど二週間ほど前に52区画の廃工場でようやく手に入れた一品なんですよ!」
思い返すのはゲーム内で無理やりフレンド交換を申し込んできた彼女の事。そう言えば確かにあの少女は背中に大きな狙撃銃を担いでいた。
銃武装については詳しくないが、あの装備は一時期SNSでも話題になっていたほどのレア装備だ。あの時は気にも留めなかったが、確かにそんな貴重品をロストする可能性があったと思えば出会った時の彼女の様子も納得だ。
「また凄い装備を使ってるんだな……」
「えへへ……好きなんですよ、太くておっきいの……っ」
頬を赤らめながら恍惚そうな表情を浮かべる詩乃。その言動と相まって良からぬことを想像するが洋輔は強引に泡のように浮かび上がる煩悩を振り払う。
「そ、そうなのか……」
剣と魔法と銃弾の世界。それが『Guns&Magic Fronteir』のウリの一つである。ど派手なエフェクトの魔法が飛び交う最中を剣を持った戦士が駆け抜ける。そしてその背中からは鉛玉が援護とばかりに飛来する。
そんな世界で彼女は魔法や剣ではなく引き金を引くことを選んだ。それがきっと彼女の趣味。思えば、それは洋輔が名前以外で知る四宮詩乃の初めての情報だった。
「それにしても災難だな、緊急クエストで竜だなんて」
「……え、あ、そうですねっ!」
詩乃の反応が一瞬遅れた。目の前のチンジャオロースを取り分けることに夢中だったのだろう。洋輔の分まできちんと取り分けてくれた優しさに思わず胸が熱くなってしまう。
「もう大変でしたよ。竜はすっごく強かったみたいで……魔法剣士さんが前衛ですごく頑張ってくれたおかげで何とかなったんですけど」
「そりゃよかった。実力者と共闘出来たみたいで良かったな」
「はいっ!あの人とたまたま出会っていなかったら相棒をロストするところでした」
力強くそう言い放つ詩乃を見て洋輔はふと口元が緩むのが分かった。そう言えば自分にも似たような経験があったことを思い出したからだ。
30層の氷雪ダンジョン。最終エリア一歩手前でモンスターの集団に襲撃されあえなく撃沈。道中で手に入れたレア防具をロストしたことは未だに記憶に新しい。
「それでなんですけど……」
ふと、気付けばテーブル越しの詩乃の顔が目の前に迫る。
真っ白な肌、澄んだ瞳、そして柔らかそうな唇が洋輔の目と鼻の距離に存在した。思わず喉が鳴ってしまうのは食事中という状況が原因ではないだろう。
「あ、あの……四宮さん?」
「詩乃、とお呼びください」
「し、詩乃……?」
「はいっ」
そんな最中にあっても、詩乃はその場から一歩も引くことはなかった。
「と、突然こんなに近づいてきてどうしたんだ?」
「……片平さんも意地悪な人。もしかしなくても気付いているんでしょう?」
一体何のことだろうか。もしかして自分が彼女を勝手に脳内で天使扱いしていることだろうか。そりゃ目の前の美少女にぞっこんである事には違いないのだがそれを露骨に態度に出したつもりは無かった。
彼女は俺に何を求めているんだろう。それを問うために洋輔が口を開こうとしたその時だった。
「片平さん……じゃなくて、カッツさん」
「い、一体誰の事なんでしょうか……?」
突然の指摘にいつの間にか口調も敬語を思い出していた。その様子をしっかりと眺めた詩乃の表情は、まるでいたずらに成功した子供のような笑みを浮かべている。
「誤魔化しても無駄ですよ。ナポレオンなんて珍しい名前の中華料理屋を知っている人なんていくらGMF広かろうとそうそう居るはずがありません」
「そ、それはたまたまって事があるだろう……?それでどうしてその魔法剣士が俺だと言い切れるんだ……?」
どうだ、これでなんとか誤魔化せないだろうか。然し直後に詩乃はどうだと言わんばかりに洋輔へと指を突き付ける。
「もうすっかりお見通しですよ!」
「だから一体どんな理由があってそれが俺だと……」
「だって私は緊急クエストで遭遇したモンスターを竜とは一言も言っていないんですから!」
「……あ」
痛恨のミス。思えば詩乃がチンジャオロースを取り分ける際の発言で、彼女にはその矛盾が見抜かれていたのだろう。
「それに、私はカッツさんが件の魔法剣士さんの名前だとは一言も申していません」
近くのプラスチック容器にそっと箸を添えると、洋輔はその場で大きく頭を抱えたのだった。
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次話はまたゲーム内に戻ります。