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R2_君も同類

「中華、お好きなんですか?」


 二人の住むボロアパート、通称「けやき荘」から徒歩10分。


 大通りに面した交差点の一角に目指す中華料理屋「ナポレオン」は存在した。カタコトの日本語を喋る中国人店主が営むその店は、日本人向けにアレンジされた味付けではなく、本場中国の洗練された中華が楽しめると近隣住民に愛されている店である。


「ここに来て直ぐの頃の話ですが……」


 そう言って洋輔の隣を歩く詩乃は恥ずかしそうに俯いて見せた。


「たまたま晩御飯の材料を買いに出かけようとしたときにいい匂いに誘われてしまいまして……」

「それであの店を見つけたと」


 はい、と照れくさそうに相槌を打つ詩乃。それを見てより一層洋輔は自分が美少女と夕暮れの商店街を歩いているのだという事実を受け入れがたく思ってしまう。


 きっとこれはあまりにも現実的な妄想だ。俺はヘッドギアを付けたまま寝落ちしてしまい、知らないうちにそういうシミュレーションゲームをインストールしてしまったんだ。


 そんな気持ちがふつふつと沸き立つ。が、直後どこからともなく漂ってきた香辛料の香りが、洋輔を現実へと引き戻す。


 視覚や触覚、様々なものをリアルに再現できるようになったVR技術だが、それでもまだまだ再現不可能なリアルは多く存在している。


 その一つに嗅覚が存在していた。


 データでは表せない人間の絶妙な感覚は、昨今発展著しいVR技術においても今だ完全に再現された試しがない。


「いい匂いですね!」

「そう、ですね……」


 見ている者まで楽しくなってしまいそうなほどはしゃぐ詩乃を横目に、ふと洋輔は素朴な疑問をぶつけてみることにした。


「そう言えば、普段自炊してますよね?」

「あー、ばれてました?」

「美味しそうな匂いが漂ってくるもので」

「お恥ずかしい」


 自炊などとっくの昔に諦めた洋輔にとって、越して三か月とはいえ頻繁に自炊を行う彼女は尊敬の対象でもあった。


 自炊はとかくめんどくさい。洗い物も多いし時間もかかる。そして何より一人分の材料を買って一人分の料理を作るという工程がそれを助長させるのだ。


「楽しいですよ、自炊」

「俺はちょっと……」

「じゃあ今度おすそ分けしますね!」


 美少女の手料理。なんとも魅力的な提案なのだがそれもこれもこの場で咄嗟に口から出た社交辞令だろう。そう考えて洋輔は期待しそうになってしまう自分を押し殺す。


「それで、そんな四宮さんがどうして今日はナポレオンへ?」

「いやぁお恥ずかしい話なんですが、知り合いとナポレオンのお話になりまして」


 気付けば大通りの交差点まで辿り着いていたようで、赤信号に引き留められるように二人分の影が重なった。最寄り駅から続く商店街。終点に位置するこの交差点には今もそんな商店街を抜け自宅へと向かう多くの人々の姿が見て取れた。


「奇遇ですね。俺もそうなんですよ」


 思い返すのは昼間に出会った少女の姿。くすんだ濃いローブは恐らく狙撃手である彼女ゆえの自衛手段。そんなローブからぽっこりと覗くあの表情が洋輔にはどこか隣の天使の表情と重なって見えた。


「あら、素敵なご友人がいらっしゃるんですね」

「友人かどうかはわかりませんけどね」


 ゲーム内でたまたま共闘した人物だ。知り合いであることには違いないのだが、フレンド登録をし合った仲を果たして友人と呼んでいいものか逡巡する。


 そういえば、明日も休みだから起きたら「閃竜の鱗」を換金しに行かないとな。青信号をちらと横目で見ながらそんなことを考える。


 あの子は一体いつログインしているのだろう。あのエリアは高レベル地域だ。そこそこやりこんでいないとそうそう辿り着けないようなエリアなのだが、頻繁にプレイしているものなのだろうか。


 そんなことをぼんやりと考えているといつの間にか店先まで辿り着いてしまっていた。


「片平さんは店内で食べていくんですか?」

「いや、家で食べようかと思ってます」


 ナポレオンは持ち帰りも注文できる。安っぽいプラスチック容器にこんもりと料理を詰めてくれるのだがそれがまた味があって洋輔は気に入っていた。


「じゃあ私もそうしますっ!」


 そう言ってメニューとにらめっこを始める詩乃。


「あっ」


 そして何かに思い至ったかのように一つ手を打つと、こちらを向き直りとんでもないお願いをかまして見せる。


「そうだ、せっかくなら一緒に食べましょうよ!片平さんのお部屋で!」

「……は、へっ!?」



――――――――



「……どうしてこうなった」


 詩乃を部屋の前で待たせると、洋輔はベッドの上に乱雑に放置されている衣服を部屋の隅へと押し込めた。


 結局あの後、洋輔はお願いを断ることが出来なかった。というより、天使が自室に来るという魅力に抗えなかったのだ。


「とりあえずゴミは片づけた。シンクも使ってないから綺麗だし……服はまぁ、あれでいいだろう。ちょっと待てよ……シャワーって浴びたほうがいいのか?」


 脱線しそうになる思考を引き戻し続け数分。それなりに見栄えが良くなった部屋の中心で洋輔は小さく息を吐いた。


「お待たせしました、上がって良いですよ」

「わぁ、お邪魔します!」


 入り口で綺麗に靴を揃えると詩乃はそのまま室内へと足を踏み入れる。物珍しさからか辺りをきょろきょろと見回しているが、それが洋輔にはたまらなくむず痒かった。


「部屋の構造は一緒じゃない?」

「それはそうですけど……他人の部屋って気になりません?」

「それは否定しないけど……」


 部屋の脇に立てかけている折り畳みの簡易テーブルを取り出すと、洋輔はその上に買ってきた総菜を並べ始める。


「あっ!ヘッドギア!」


 そんな時だった。何やら物珍しそうに部屋の奥へと足を踏み入れた詩乃が花のように明るい声を一つ上げた。


「これ、この前出た新モデルじゃないですか!首への負担がかなり軽減されてて長時間プレイ時も負担が少ないって聞いてますよ!?ちょ、ちょっと触って良いですか……?」

 

 今の洋輔に詩乃のお願いを断れる理性は残っていない。言われるがままどうぞ、と机の上からヘッドギアを差し出すとまるで赤ん坊を抱えるときかのように詩乃は慎重にそれを受け取った。


「ふぉおおおお……軽い……これが最新……っ!」


 何事かと思いながらも総菜を並べ続ける洋輔をよそに詩乃の興奮は冷めやらない。

 

 鼻息を荒げながらまじまじとヘッドギアを見つめるその姿はとてもじゃないが先ほどのおしとやかな彼女と同一人物とは思えない。


「ず、随分と詳しいね」


 すっかり様変わりしてしまった詩乃に親近感を覚えた洋輔の口調はいつの間にか他人行儀な敬語を忘れていた。


「私も部屋にありますのでっ!」

「お、そうなんだ。普段どんなことしてるの?」


 一口にVRと言ってもその使い道は様々だ。ゲームをはじめ例えば手術や運転のシミュレーション。立体映像の視聴など用途は多岐に及んでいる。


 VRMMORPGというのはそんな数多くの用途の一つに過ぎない。


「最近はずっとゲームで遊んでますよ」

「へぇ~、どんな?」


 何の気なしに聞いたそんな質問が、今後の洋輔の日常を大きく変えていくことを彼は知らなかった。


「『Guns&Magic Fronteir』っていうVRMMOです!」

「……ま、マジですか?」


と言う訳でお付き合いいただきありがとうございました。

併せてご感想、ご評価、ブックマーク等いただけると泣いて喜びますのでよろしくお願いいたします。


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