V3_激闘終わって思わぬ事実
「装填っ」
乾いた金属音が一つ鳴る。
鉄製のボディーからはじき出された薬莢が固い地面で跳ね返る。ころころとシノの足元まで転がってくるがそんなものは既に視界外だ。
「ふぅ……。っ!」
銃声というより砲声に近い音を立て鉛玉が飛翔する。それは的確にスコープ越しの竜の頭部を撃ち抜き、シノの耳元に大音量の咆哮を届けることとなった。
「いやぁ……まさかまさか……ですよ。ちゃんと回収できてよかったぁ」
スコープ越しの背中を見ながらぽつりと呟く。彼が居なかったら今頃自分は部屋のベッドで泣き崩れていたことだろう。
長い時間をかけてようやく手に入れたのだ。両手の相棒をこのまま置き去りにしてしまったらと考えると今でもゾッとするぐらいだ。
「っとと、余計なことを考えずに……。っ!」
発砲の衝撃が寝そべるシノの体を駆け抜けていく。と、同時に地面に敷いた布がずれるのを衣服越しに感じて不快感が顔に出てしまう。
「う~ん、あればかりは分かり合えそうにないなぁ」
前方で激しい炎を出しながら巨大な竜へと接近する彼を見てシノは率直な感想を口にしてしまう。しかし今頃彼が居なかったら自分はあえなくリスポーン地点である街に戻されていたことだろう。手の中の狙撃銃を置き去りにして。
そう考えると戦闘スタイルの違いなんて些細な問題だった。
「それにしても緊急討伐クエストなんて聞いてないですよ……。またゼウスの気まぐれかぁ」
思えば、そもそも今日の狩場をここに選んだのが間違いだったのかもしれない。新しいスコープが欲しくて金策にとここに足を運んだのだが、まさかこんなボスがポップするとは考えもしなかったのだ。
「う~ん。あれの素材、売ったら幾らになるんだろう」
体のいい囮が出来たのだ。シノには逃げるという選択肢もあった。ネトゲプレイヤーとしてはバットマナーな行為だが相棒を失うくらいならそれもありだっただろう。
だが、目の前の竜が落とす素材がシノにその足を止めさせた。
「だから、勝って帰らなきゃねっ!」
三度の轟音。12.7mmの大口径が左翼の中心部を的確に撃ち抜いた。
「体勢が崩れたっ!」
そう口にしたのは先ほどから独眼竜の目の前で先頭を行っているカッツだ。あの少女が何者かは分からないが戦闘中に絶妙なタイミングで援護の射撃が飛んでくる。
おかげで随分と奴の隙が作れている。
「こりゃ後でお礼のメッセを送っとかないとなっ!」
横薙ぎの剣戟が竜の右足を抉り取った。激痛、という概念がたかがゲームの敵キャラに設定されているかは不明だ。しかしその攻撃のおかげか独眼竜に大きな隙が生まれる。
「【セイクリッドインパクト】ぉ!!!」
その一撃は深々と独眼竜の右足に突き刺さり、奴の動作が大きく鈍る。
「もうちょい、行けるっ!」
しかし先ほどからあまりにも手ごたえがない。所詮右足を一本傷つけたのみ。倒すには確実な決定打が必要だ。
「何かないか……」
攻撃を寸でのところで回避しながら竜をじっくり観察する。
「【バーニングスピア】!」
牽制のための魔法が竜の頭部へ飛来する。竜も必死で躱そうとするが反応が遅れたのか頭部で激しい爆発を起こした。
「当たった……?」
今まで躱されていた攻撃が命中したことで思わず驚きの声が漏れる。
「右足のダメージか……?いや、もしかして……」
カッツの目線が大きく縦に傷ついた竜の左目を捉えた。
「左目、見えていないのか!?」
思えば先ほどから右足ばかりが前に来る。それはきっと左側からの攻撃に反応できていないからだ。視覚の広い右足が前に来るのはある種必然だった。
「なるほど。これが攻略法って訳ねっ!」
素早く足を竜の左に回り込むように向ける。するとその大きな体を動かしながら独眼竜も左へと旋回するのが分かった。
「出来るだけ右目で俺を捉えたいのか……ならっ」
カッツは竜から大きく距離を取ると目の前に素早くテキストボックスを開く。現れたのは先ほどから後方で援護射撃を行ってくれているのだろう少女のチャット。
カーソルを素早く指でなぞると「返信」の欄を選択。端的に分かりやすく。少女へと指示を送り飛ばす。
「《右目を狙え》ねぇ」
カッツからの通信を受け、丘の上で今だうつ伏せたままのシノはにやりと笑った。
「なぁるほど」
スコープ越し。縦に大きな傷跡が目に入った。左目は恐らく見えていない。ならその逆も潰そうという魂胆。分かりやすい目的に思わず笑いがこみ上げる。
しかし何よりも面白いのは……。
「私にあの小さな的を狙えってことですよ……ねっ!」
気持ちは高揚しているのに、自然と心は穏やかだった。いくらスキルの補正や武器の性能があるとはいえ、最後の最後に狙うのは結局プレイヤーの腕次第。
その絶対のライン、人間の技量が試されるこの線上で生きる事が出来るこの場所が、シノには最高に楽しかった。
「ナイスショットっ!」
カッツの口から思わず感嘆の声が漏れる。それほどにその狙撃は正確無比の一撃だった。
「っつーことで、貰ったぁあああ!!!!」
両目が塞がったせいか、独眼竜は完全にカッツの姿を見失っている。振り下ろされた翼を起点にカッツは勢いよくその背中を駆け上がった。狙うは一点。頭部のみ。
「セイクリッドぉおおお!!!!」
跳躍。独眼竜の体高を優に超える高さまで舞い上がると、その頂点から勢いよく剣の先端を下に落ちていく。
「インパクトぉっ!!!!!!」
激しい衝撃と共に独眼竜の首が地面へと叩き伏せられる。当然、その頭部にはカッツ愛用の一振りが頭部から顎下にかけて完全に貫かれていた。
「勝った……か?」
巨大な体が光と消えるのを見届けながら、カッツは感慨深そうに一人呟いた。
「ナイスでした!」
そんな時、後ろから聞き覚えのある声が飛んでくる。
「助かったよ。君のおかげで何とか勝てた」
そう声をかけると、少女はいえいえと両手を振りながらカッツの元へと近づいてくる。
「カッコよかったですねー!最後のSI!」
「まぁ、刺突スキルの最上位だからね」
「それで、なんですけど……」
何やら少女がもじもじとこちらを見つめている。別に他プレイヤーとモンスターを討伐したのは初めてではない。
その仕草が何と言わんとしているのか分からないカッツではなかった。
「弾代、幾らだった?」
「そうですねー、相場だと12000ガルってところです」
都合六回。後方から援護射撃が飛んできた回数だ。
「一発2000かー。やっぱ実銃派はランニングコストかかるな」
「スクロールの値段がバカ高いよりはマシだと思いますよ?バーニングスピアなんていくらするんですかあれ」
「俺が買った時は確か150万ガルだったかな」
「たっかっ!」
「今はもうちょい安いと思うけど」
他愛のない会話を交わしながらも、カッツは報酬のドロップをひたすらにインベントリへと詰め込む。
「レア素材ありました?」
「これぐらいか?」
ちょうどカバンの中へとしまい込もうとしたそれを少女へと見せつける。
「わおっ、閃竜の鱗!」
「これだけで今日の金策と同等だな」
これ一頭が今日の8時間の苦心と同じ。だからこそ緊急クエストは止められないのだ。
「早速換金に行きます?」
「いや、現実の方が空腹だから今日はちょっと……」
そういうと少女は露骨に嫌そうな顔をして見せる。
「わ、分かったっ!フレンド登録送るからっ!絶対に金は払うっ!」
「絶対っ!ですよ!?」
「分かってるってっ!」
直後、カッツの元へとフレンド申請の通知が飛んでくる。
「いや、君の方から送ってくるのかよ……」
「目の前で承認してもらいますっ!」
そう言ってカッツへと熱い視線を送るシノ。その視線に根負けしカッツはすぐさまその場で承認のボタンに指をかける。
「で、今日は何を食べるんですー?」
「それ、聞く必要あるか?」
「別に―。単純に興味本位ですよ」
さて何を食べたものか。カッツの脳裏には今、現実世界にある近所の美味そうな食事処が一覧となって駆け巡っている。
「そうだなぁ……ナポレオンで餃子ってのもいいなぁ」
「ナポレオン……?餃子……?」
少女が僅かに怪訝そうな顔を浮かべる。確かに先の発言は知らない人にはちんぷんかんぷんなワードに違いない。
「あぁ、ナポレオンってのはうちの近くにある中華料理屋でな。店主の趣味なのか知らんが中華料理屋なのにナポレオンなんだよ。おかしな話だろ?」
大学の友人たちの間では結構ウケのいい話なのだが、どうやら少女には面白くなかったようだ。
「あれ、女の子には面白くなかったか?」
しかし、直後にカッツは少女のリアクションが全くの思い違いだったことを思い知らされる。
「その店、商店街抜けた交差点のところにある店ですよね?」
「……へ?」
と言う訳でお付き合いいただきありがとうございました。
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